翌日、まだ日も昇らぬ闇の中で、一つの影が扉を開けた。




「変わってなくて良かった・・・・」




3階から1階まで降りたは、本拠地を離れ、砂浜に来ていた。

規則正しく打ち付ける波。

その音が、暗闇の中でを支配していた。




「本当に何も変わっていない」




血に濡れた大地も。

肉片で埋まった、数多の命も。

ココは、が訓練された場所であり、最初に人を殺した場所。

第20回BRが行われた戦場。



暫くして、紡ぎ出される言の葉。

この檻の中で、初めて自分の為にに何かが出来ると理解した瞬間。

自身を縛る声。

縛って縛って、繋ぎ止める唄。





窓の向こうの景色は鋼色

揺れる誰かがこのココロ壊してゆく

還る胸を夢見て佇む幼時代

想い 沈んだ自分掘り起こす

縺れ絡まる時代にもう囚われ

このまま



理想達に埋もれ乾涸びた銃口

構えて走るのは幼い私

願いなど忘れ去り

鉄屑に塗れ

今まで生きてきた血みどろの昨日





森の中を歩いていた柳生の耳にも、その歌は流れ着いていた。

ただ聞えるその旋律が、あまりにも悲しくて、哀しくて。

自然と足は、その音を辿っていく。




「あなた・・・・・だったのですか」

「柳生さん?どうしてココに」

「眼が冴えてしまったので、地形を確認しておこうと。そしたら歌が聞えたんです」




辿ってみて着いたのは砂浜。

石の上に座り込むを見て、自然と零れた言の葉。




「あんな歌、聞かれたくなかったです」

「綺麗な声でしたよ?」

「ありがとうございます。でも、彼方達には縁のない歌ですよ」




物悲しそうに遠くを見詰める

きっと、の心はまだこの地に縛られ続けているのだろう。

今も。そしてこれからも。

水平線は、いつの間にか橙に染まっていて、本拠地から2人を呼ぶ声が聞こえた。




「戻りましょうか」

「そうですね」




もと来た道を戻りながら、柳生の脳裏を霞めているのはの後姿。

今にも消えてしまいそうだった。

まるで、事態が、儚い嘘のような。




「本当に綺麗でしたよ・・・・さん」

「ありがとう・・・・ございます」




頬が熱くなるのを感じながら呼んだ名前は、とても心地よく流れる。

にとって、彼以外の口から紡がれる名前が、

どれだけの心地よさを持っているかなど、柳生には判っていないだろう。

頬を伝いそうになった涙を必死で堪えて、何とか発した言葉は、心なしか震えていた。

本拠地に戻ってみると、既に朝餉は終わっていて、

食べていないのは2人だけの様だ。




「あとは2人だけだぜ」

「柳生〜〜。お前、と2人でどこ行ってたんだよ」

「歩いていたら、たまたま会っただけです」




の存在は、誰にとっても大きくて。

いつか、あの笑顔が自分にだけ向けられたらなぁと誰もが思う。

だが今は、その気持ちに鍵をかけて鬼になろう。




「久しぶりに聞いたな」

「そうだねぇ。のあの歌」

「2人とも聞いてたの??」

「ばぁか。聞こえたんだよ」

「あれだけ大きな声で歌っていれば聞えるよ?結構響くしね。ココ」

「なんだか、変な感じ」

「平和だから・・・だよ」

「こんなん、すぐに夢になるさ」

「そうだね」




窓から見える海は本当に穏やか。

今など忘れて飛び込みたいくらいに。




ちゃん!」

「どうしたんですか不二先輩?」

「あのヘリ・・・・」

「大丈夫ですよ。敵じゃありません」




反対側の窓から叫んだ不二に、穏やかな笑みで返す

笑う事ができる。

本当に嬉しかった。

自分を見つけてくれる人がいて。




「盛大な歓迎で迎えようぜ」




12人は梯子を昇り、屋上に出た。

丁度ヘリが着地したところで、辺りに埃が舞う。

中から出てきたのは2人の女性と1人の青年。




「久しぶりねぇ。また一段と美人になって」

「お久しぶりです。真帆さん」

「全く、作戦参謀の翔平が居ない所為で、武器調達がどれだけ大変だったと思ってんの?」

「そんな事言われてもね。の方が心配だったんだから」

「そこで突っ立ってないで、運ぶの手伝え」




美人と言う形容詞が似合うであろう女性と話す3人。

感動の再会を喜んでいる間等なく、

とりあえずヘリに乗っていた武器を3階まで運び終え、

その後、昨日よりも少し大きくなった円で、15人は固まっていた。




「若い子ばっかり。お姉さん困っちゃうわぁ」

「真帆さん!!」

「ゴメンナサイ?性分なの。星野真帆。第17回と、14から12回までの優勝者よ」

「なんでそんな・・・・」

「沢山殺してるのかって?理由は簡単。私が初代金蔓だからよ」

「ちょっと待ち。初代って事は、次がいたんやろ?」

「彼方達、何も聞かされてないのね」




呆れたと言う表情を見せる真帆に、敵意の篭った目線を向ける忍足。

まるでなにも知らない赤ん坊のように扱われたのだから、無理もない。

そっと呟く様に聞こえてきた声。

それは、自分の隣に居る少女から。




「2代目は私です。私が2代目。政府の金蔓ですよ」

の方が優秀だったけれどね?」

「からかうのは止めて下さい!!」




を抱きしめて真帆。

呆然とするしか術がない9人。

どんな人生を送ってきたんだろう。この人達は。




「そろそろ止めとけ真帆。が窒息する」

「あらあら」

「俺は霧谷裕也。第18回BR優勝者。ハンドガンが得意だ」

「あぁ、ちなみに私は肉弾戦専門ね?」

「・・・・・・・・・・・・・」




2人の自己紹介が終ると、自然と視線はもう一人の女性へと向かう。

右目を前髪で隠して、ずっと無言だったその女性。

見た目からして、一番年上だろう。




「さっ沙耶姉さん?」

「木之本沙耶。見ての通り一番年上。得意分野はドラッグ」

「沙耶姉さんは、私が連れて来られた時に優勝した人なんです」

「血縁者と言うわけではないのだろう?」

「勿論ですよ。とりあえず、武器の説明は明日にしましょう。今から自由時間ということで」




半刻も経っていないと言うのに、皆は疲れきっていた。

自分達とは違う次元に住む生き物達。

怒りではなくて、憎しみでもなくて、

ただ残ったモノは何?

存在すら否定された彼らの胸に抱かれたのは・・・・・。