例えばそれが、あまりにも受け入れがたい光景であったとしても、

それは現実で、本当に起こっていて。

夢であればと願っても、それは夢にはなりえない。




「はぁ・・・・・しっつこい!」

「もうすぐ森抜けるよ!!」




荒い息遣いが4人分。

前を行く瓜二つの顔をと、それを追う怯えた1人と、表情の読めぬ1人。



逃がしてはならぬ。

それを逃がせば、お前が死ぬ。

今は試す時だから。

森を抜けた木更津兄弟。

そこがどこだか忘れさせるぐらいに煌く太陽。

あまりにも、自分たちのいる世界にそぐわしくないそれ。

目の前に聳え立つ、訳の判らぬ建物。




「あの中・・・・行く?」

「それしかないんじゃない?」

「ここまでだな」

「冗談」




続けて出てきた2人組。

どちらも肩で息をしながら、既に限界点を突破している事を悟られまいとしている。

無駄な抵抗だが、見ていて救いたい気持ちにはなる。




「紫董」

『判ってるって。怪我は負わせず、尚且つ追い払う』

「狂ってしまえば、その小さな弾が、命を奪う物だって判らなくなるから」

『へいへい。もうちょいひき付けてからだろ』

「私の合図で打って」

『了解』




こんな会話が、建物中で成されているとは露知らず、

4人は向かい合ったままビクともしない。

無言の状態が数秒流れ、室町がゆっくり口を開いた。




「こちら側に来る気はないのか?」

「馬の耳に念仏だね」

「馬鹿な事聞くもんじゃないよ」

「なら、選択肢は1つだ」




この期に及んで笑ってみせる。

余裕などない筈なのに。

生と死の狭間をゆらめいているというのに。

彼らは笑う。

それしか、今の自分を虚夢に連れ込む術がないから。




「楽にやられてやる気はないから」

「望むところだ」




お互い同時に、鉄の塊を握り締めた瞬間だった。




ぱんっ




驚きを隠せない4人。

続いてもう1発が、桜井の頬を掠める。




「なっなんなんだよ!!」

「一旦ひくぞ!」




ドコから打ってきているのか判らぬ恐怖に勝てず、2人はそこから走り去った。

幸運といっていいのか悪いのか。

とりあえず、極度の肉体疲労と精神疲労で、その場に崩れ落ちた2人。

何でも良かった。

とりあえずは、まだ生きているという事実。




「六角も来てるんだぁ」

「「!!」」

「あのさ、生きたかったら着いて来てくれる?」

「確か・・・・氷帝の芥川・・・・」

「どうしてこんな所に」

「説明は後。速くしないとちゃんに怒られるんだよね」




とつぜん現れた芥川に驚きを隠せない2人。

それはそうだろう。

至極当たり前の事だ。

バス事故と称してBRが行われていたと聞かされて、

てっきり皆、亡き人となっているものだと思っていたから。




「生きたいの?生きたくないの?」

「「そんなの・・・・決まってる」」







「俺たちがんばらにゃいとね!!」

「菊丸、お前その喋り方どうにかなんねぇのかよ」

「は?」

「丸井、あかんで。多分コイツ判っとらへんから」

「ああ・・・・・・」

「なっなんだよ!!」




少し早めに歩を進めながら、気さくな話。

一体ドコまで成長したのだろう。

だが、基地を出る時にコッソリ付けられた盗聴器で聞かれている事に、

気づいていない辺り、まだまだである。

に救助を頼まれた事が、とても嬉しかったのだ。

コレで何かの役に立てると。

3人が歩いている中、丸井がぴたりと止まった。




「どないしてん」

「なんか聞こえるぜ」

「なに?」

「聞き耳いたてるぐらいしろよな」

「ほんまやわ」

「何話してんだろ」

「聞き取れるトコまで近寄ったらええんとちゃうん」




物音を立てず、気配を殺して歩くのは、慣れたものだ。

何か喋っているとしか判断できなかったその会話が、

内容を聞き取れるまで近付いた3人。




「逃げられたんですか。情けないですね」

「あれは絶対、生徒じゃない」

「あの人の話は本当だったみたいだねぇ」

「青学・氷帝・立海の奴等でもないだろ」




3人は耳を疑った。

何故知っているのか。

自分たちは、この世に存在していない筈だ。

なのに、どうして。



応えは1つ。

それを知っている何者か。

去年のBRに関わった者が、1人はここにいるという事だ。




「とりあえず、報告に行きますか」

「残ってるのは俺たちだけみたいだしねぇ」

「亜久津もこっち側らしいぞ」

「本当に・・・・・こっち側につくんだよな」

「今更だろ?それとも死にたいのか?」

「いや・・・・」




今すぐにでも戻って、に知らせなければ。

そう想い、目配せした3人が立ち上がろうとしたその時だった。

一瞬にして、辺りの空気が凍る。

空気が凍ったのか、それとも自分達が何らかの形で動けないでいるのか。

とにかく、身体の自由が利かない。




「有能な子だけ残ったみたいで嬉しいよ」

さん・・・・すみません。2人逃しました」

「次は殺してくれるんでしょう?」

「勿論です」

「だったらいいよ」




草陰からのぞく事さえ恐ろしい。

見てしまえば、きっとあそこに戻れなくなる。

それは想像でなく、確信。




「さて、そこにいるのは誰なのかな?」




解放者弐拾名。

内、永眠者八名。

内、狂者伍名。

内、逃亡者泗名。