理由なんて、最初からなかったのかも知れない。




その日の夜、は久しぶりに見張り台にあがった。

全員が全員何も出来る状態じゃなかったからと言うのもあるが、

自分の頭を冷やすためでもあった。




「しっかりしないと」




多分決戦の日は近い。

下手すれば明日にでも仕掛けてきそうである。

島を包み込む緊張感と、狂気。

自分は当の昔に狂ってしまっているのだ。

かたりと言う音に後ろを振り向けば、見慣れた顔。

中学に入ってから、ずっとずっと近くで見て来た。




「どうしたんですか?皆さん」

ちゃんが見張り台に立ってるって聞いたからね」

「明日からもっと大変ですよ?早く休んで下さい」

が休むならね」

、お前は無理をしすぎだと何度も言った筈だ」

ちゃんだけ頑張るなんて許さないからね!」




仕方ないなと言う微笑み。

でも、嬉しくもあって、独りで見上げていた空は、なんだか寂しかったから。

隣に座るや座らないやら、リョーマと菊丸先輩が騒いでる。

その間に両隣は部長と不二先輩とで埋まってて。

これだけ騒げば、向こうまで聞こえてるんじゃないかなって想った。




「なんだか、皆さんと会ったのが昨日のような感じです」

「それだけ充実してたんだよ。ずっと」

「人は夢中になると時間を忘れるというからな」

「そうですね」

「ゴメンね。俺、なんも出来なくって・・・・」

「大丈夫ですよ。彼を見て、生きていられただけで奇跡ですから」

「でも、明日は頑張るからね!!」

「それじゃあ、休まないといけませんよ?」




笑いあって、やっぱりリョーマは怒ってた。

私が休まないなら休まないの一点張り。

深夜3時くらいに、皆眠っちゃったけど、私は空を見上げて想った。

もう、独りじゃない。

独りにはさせない。

勝って見せると。







次の日、無言で朝ごはんを取った後、はゆっくりと過去を紡いだ。

まるでゼンマイ仕掛けの人形のように。

家族の事、今までのこと、兄の事。

微動だにしない。出来ない。

どこの世界に、こんな命運を背負った少女がいるだろうか。




「そんな・・・・事が・・・・」

「人間じゃない」

「まあこんな話、何の役にも立ちはしないのですけどね」




ふと微笑んだ。

そこには哀しみだけ。

恨みたくなんてなかった。

ずっと、家族と言う鎖に繋がれたままがよかったのに。



だが、感傷に浸っている暇などない。

今必要なのは、心を消す術と、確かな銃の腕。

それに、自分には目標が出来たから。

ピクリと何かに反応して、は窓の外を見やった。

それに反応して振り向けば、軍服の集団。




「さあ、覚悟はいいですか?」




もちろんと言う意を込めて全員が頷く。

新入りに持ち場を与えて、自分はパソコンの前に座る。

いつもは銃を持たない面々も、各々に一番あった銃を持った。



大きく息を吸い込んで、見据える。

前を。未来を。

聞こえてくる機会音。

何も人間の足だけが武器でないコトを、が一番よく知っている。

だから、テニス部の面々には既に渡してある酸素ボンベと耳栓。

彼の者の声を聞かないように、どんな事があっても生き延びるように。



機械の様にキレイに並び終えたらしい兵士たち。

何百と言う瞳が、を見つめていた。




「やあ、久しぶりだね

「ええ」




死を天秤にかけて話しているとは思えない。

向こうもこっちも機械を通しての会話。

喉元に突きつけられた刃は怪しく光る。

けれども恐れを悟られる事のないように、頑丈な仮面で覆った。




「ボクを中に入れてくれないの?」

「ダメよ兄さん。貴方を嫌っている人が多すぎるわ」

「それは残念だね。こっちは手土産を持って来たというのに」




くいっと顎で示した先には、

5人の縛られた姿。

今朝聞いた報告の面子と、亜久津だ。




「出てきてくれたら放すんだけどな?」

「兄さん、下手な小細工はやめたらどう?」

「何?」

「馬鹿げた小細工を止めてと言ってるの。吐き気がするわ」




少しばかり歪んだ微笑。

また元に戻ったその仮面は、あまりにも恐ろしい。

張り付いて、離れない。

その下はきっと、血まみれだと言うのに。

縛られた面子の顔が割れていると判ったのか、縄を解くように支持した。




、そっくりそのまま君に返すよ」

「どういうこと?」

「ボクを困らせたいのは判るけど、やり過ぎだ」




何を場違いなことをと悪態をつく。

1人前に進んでくるそいつを一瞥して、起爆スイッチに手をかけた。

基地内にいる他の者達にも、緊張が走る。




「戻っておいで?

「言った筈よ。貴方の元へは戻らない」

「ほら、誰に誑かされたか言ってごらんよ。ボクが殺してあげるから」




スッと見え隠れした影。

1階のメンバーに急いで上がって来いと指示して、前を見やる。

予想通りに、投げ込まれた爆弾。

ドカンッという音と共に、何かが崩れ落ちる気配。




『なんやアイツ!!』

「私以外、何も見えてないんです。ケガは?」

『大丈夫だよ』

「判りました。爆風がおさまって下に行けそうだったら持ち場に戻って下さい」

『了解』

、さあ」




腕を広げてただ、立っている。

呆れた溜息しか出てこない。

いつから兄は、狂ってしまったのだろう。

どこで、曲がり角を間違えてしまったのだろうか。




「お兄ちゃん!待って!!」

の足が遅いんだよ」

「お兄ちゃんの馬鹿!!かいしょうなし!!」

「どこで覚えたの?そんな言葉」

「内緒」

?お兄ちゃんに全部話してごらん?」

「うう・・・・・。おかあさん!お兄ちゃんがいじめる!!」

「あ、!!」

、貴方もお兄ちゃんなんだから」

「ボク何もしてないよ!!」






ただただ、あの時を望んだ。

過去に戻れないことを学んだのは戦場。

血に塗れながら、何度も過去を夢見て涙した。




「私は帰らない。貴方が殺されてくれるなら、私もここで止める」

「帰って・・・・こないつもりなの?」

「貴方としても、軍事力が半減するのは有り難い事じゃないでしょ?」

「どうして・・・・」

「貴方が死ぬか、全員死ぬかよ」

「大好きなのに・・・・」

「答えを出しなさい」




どうやら兵隊達は、の指示がなければ動かないようだ。

じっと立ったままのそれは、本当に機械に見える。

精巧な、殺人ロボット。

起爆スイッチに手をかけて、クリックしようとしたその時だった。




!!」




ぱあんっ




響いた銃声と、自分に向かって倒れてきた身体。

近くにいた優勝者達も唖然として動けないでいた。

丁度首に当たったのだろう銃弾。

がしゃんと音を立てて倒れた身体から、心臓の音は聞こえない。

腕時計は正常に動いている筈なのに。

秒針の音が、耳を通り過ぎて行った。




「紫・・・董?」

「大人しくしてれば死ななかったものを」




銃口から噴き上げる煙。

つかつかとこちらによりながら、トランシーバーに手を当てる。




様、手に入れました。今下に降ります」




外を見ればにやりと口角を上げて笑う。

いつから?

きっと、この戦いが始まった時から。

いや、もっとずっと前。

自分が、政府の狗になった時だ。

もう返事してくれない死体に手を回して、ゆっくりと顔をあげる。

現実は残酷だ。

あまりにも。




「・・・・真帆さん、どうして?」