そこら中に充満する、
ピンク色した浮き足立つ空気。
「恋人に甘い時間と甘い言葉と甘い贈り物を・・・・だってよ」
「何処の誰が考えたのかしら」
「ま、十中八九、あの髭長爺だろうけどな」
「鼻がひん曲がりそうだわ」
「ハロウィンより酷いんじゃね?」
花束。
お菓子の山。
香水。
アロマキャンドル。
一つなら良い。
一つなら良いのに、混ざり混ざって、
えも言えぬ香りが充満していることに、
他の生徒は気付かぬのだろうか。
「鼻の感覚が麻痺してるのかしら」
「だろうな」
「あ、いた!」
「君!」
「受け取って!!」
「頑張って頂戴?」
「見捨てる気か!?」
「あら、私は激励を送っただけだけれど?」
「くそっ!」
走ってゆくガーディアンを見送って、
はその場を颯爽と後にした。
「入ったわよ」
「・・・・」
「ノックもしたし、来ることは分かっていたでしょう?」
「・・・・・・はあ」
暗くじめったい部屋に、
これまたじめったい空気が流れる。
ついた溜息は、嬉しくもあるから。
「紅茶でいいか?」
「ありがとう」
優雅にソファに腰掛け、
丁度、机の上に置いてあった書物を手に取ったは、
其処にいるのが当たり前のように本を開く。
その空気が、自分にとっても、
和らぐモノだと知っているから、
何も言わずに、其処にあって欲しいと願う。
「学生の時以来か」
「学生卒業してからもあんな事してたら、体力保たないわね」
「はどうした」
「元気すぎる若い女子に追いかけ回されてるわよ」
「ふん」
「羨ましいの?」
「そんなわけがあるか!寝言は寝て言え」
「私にそんな口聞くなんて、セブも偉くなったものだわ」
「我が輩は・・」
「冗談よ」
その笑顔に、また一つ溜息をついて、
彼女の隣に腰掛ける。
いつもより幾分か沈んだソファが、
出来の悪すぎるレポートを見ていたセブルスを癒した。
「懐かしいわね」
「下らんな」
「ホント、あの時は面白かったわ」
「お前だけだ」
「そうかしら?」
「我が輩は被害を被っただけだと記憶してるが?」
「あの時も、セブの所に逃げたのね。私」
活字を追いながら、
昔を思う彼女の横顔は、とても、綺麗で。
ポケットにある異物感を、いつ外に放り出そうかと悩む。
悩みもせず、これだと決めていた贈り物。
学生の頃から、ずっとずっと渡したかった。
「」
「なに?」
「腹の足しにでもしろ」
「これは?愛の告白?」
「莫迦を言うな」
気に入りだと教えてくれた、チョコレートのお店。
一緒に並んだ、クリスマスの日。
口に融けた、雪の、味。
「腹の足しにしては、少し、高級なんじゃない?」
「知らん」
「教授って儲かるのね」
「莫迦・・っ!」
口に拡がる懐かしい日の想い出。
彼女の笑顔が真ん前にあって、
手に持たれた包みは、先程渡した物と同じ、腹の足し。
けれど、自分が渡した筈の其れは、机の上に鎮座したまま。
「これは・・・」
「腹の足しにでもして頂戴?」
口の中で、じんわり融けていくチョコレートを味わいながら、
彼女と、自分の分の紅茶を、淹れ直した。