そこら中に充満する、
ピンク色した浮き足立つ空気。
「恋人に甘い時間と甘い言葉と甘い贈り物を・・・・だってよ」
「何処の誰が考えたのかしら」
「ま、十中八九、あの髭長爺だろうけどな」
「鼻がひん曲がりそうだわ」
「ハロウィンより酷いんじゃね?」
花束。
お菓子の山。
香水。
アロマキャンドル。
一つなら良い。
一つなら良いのに、混ざり混ざって、
えも言えぬ香りが充満していることに、
他の生徒は気付かぬのだろうか。
「鼻の感覚が麻痺してるのかしら」
「だろうな」
「あ、いた!」
「君!」
「受け取って!!」
「頑張って頂戴?」
「見捨てる気か!?」
「あら、私は激励を送っただけだけれど?」
「くそっ!」
走ってゆくガーディアンを見送って、
はその場を颯爽と後にした。
「!良かった」
「まったくもって良い状況には見えないけれど?」
「折角、逃げ切れたんだから」
「私を巻き込まないで頂戴」
「を拉致ろうとしたんじゃないからね」
胡散臭い笑顔と共に、
は何故か、校舎裏の、木の陰にいた。
先程、この英雄を捜す女共が去ったところだ。
この眼鏡が、嫌な意味で親に似てきてから、
自分は、どうしてこうもこいつに弱いのか。
まあ、其れを楽しんでいる自分もいるのだが。
「で、」
「何?」
「何?じゃないよ。今日はヴァレンタイン・デーなんだから」
「だから?」
「ボクに渡す物、あるでしょ?」
「無いわ」
「じゃあ、身体でもいいよ」
「寝言は寝て言いなさい」
何故だか巻き付いている腕を解いて、
ローブにくっついた葉を落とす。
「あの陰険薬学教師には用意してる癖に」
「昔馴染みだからね」
「ボクとのな・・」
「しっ!」
「見つかった?」
「何処行っちゃったのかな・・・」
「折角手作りしたのに!」
「向こうにいたかも!!!」
「嘘!!」
に押し倒されるような形で、
またも草むらに身を潜めた2人は、
本当に、獣と化した女共をやり過ごす事に成功した。
「全く、本当に若いわね」
「もボクと同い年だよ」
「生きた年月は違いすぎるわ」
「関係ない」
「私行くわよ?」
「ダメ」
「離して頂戴」
「貰うモノ貰ってないから」
「用意してないって言って・・」
掠め取るような唇が、
頬に触れたと分かったのは、
黒い笑みから、してやったりの笑みに、
目の前の小賢しいハリー・ポッターの表情が、
変わった後だった。
「来年は、用意、するよね?」
「あら、高いわよ?」
「奪ってみせるから」
「その前に、自意識過剰と、子供っぽさを治す事ね」
こちらも不敵な笑みを見せて、
握らされたキャンディーを口の中に放る。
さて、今度はどんなトラップを用意しようか。
もう既に、来年の今日へ意識が飛んでる自分に、
はまだ、気付かずにいた。