ただ君が、妬ましかった。
ただ君が、羨ましかった。
「沢田、早く書いちゃって」
「嗚呼。うん」
橙色の光が教室の中まで入ってきて、
彼女の頬を照らす。
平々凡々なことを書いて終わる日誌。
名字が一緒だから、日直を違えたことはない。
小さい頃から一緒で、
いつだって君は、君は、
俺の、私の、直ぐ傍にいたのに。
「書けたよ。ちゃん」
「ん。じゃあ出してくるから、沢田先に帰りなよ」
きらりと照らされた頬。
呼べよ。
君だけに呼ぶことを許した、俺の名前。
いつからだったか。
君の口からついて出る名前が、
聞き慣れたそれでなくなったのは。
「俺も一緒に出しに行くから」
「隼人とか武とか、待ってるんでしょ?」
「そうだけど、俺も日直だし、
ちゃんだけに任せるわけには・・・」
「何、今更堅いこと言ってんの?」
ちっちゃい頃からの仲なのに。
そう言って笑った君の顔を、力づくでこちらに向けて、
その唇を奪ってやりたい。
だけど君が信じている俺は、泣き虫で弱虫の俺だから。
「沢田?」
「何でもない。やっぱり俺も行くよ」
「はいはい」
「ちょっと待ってって!!」
いつだって先を歩くのは私で、
いつだって追いかけてくるのは君だった。
いつからだったか。
後ろを歩いてるはずの君の背中が、
手の届かないところへ行ってしまったのは。
「そういえばちゃん、なんで俺のこと名前で呼ばないの?」
「なんでって、なんとなく?」
「何それ」
距離を置いた。
君の前を歩いていたかったから。
「ねえ」
「ん?」
「呼んでよ」
「やだね」
命令すれば、君は答えてくれるの?
だったら、してあげる。
廊下に響いた音は、
本当に響いたか分からないくらい、
直ぐに消えてしまっていた。
手から奪われた日誌。
背中に感じる冷たい壁の感触。
目の前の君の顔は、夕日が反射してよく見えない。
「さ・・わだ?」
「呼べよ。いつも呼んでたでしょ?
忘れた訳じゃないよね?それともホントに俺の名前忘れた?」
「・・・・・・・・」
「?」
「・・・・・・・綱吉」
長くて、誰だってツナと呼んだ俺の名前。
君だけが全部覚えてくれていたんだ。
やっと、やっと、
君は私を振り返ってくれた。
君は俺を捕まえてくれた。
「これからそうやって呼んでね」
「端から見たら、噂になるやばい綱吉」
「何莫迦なこと言ってるの?」
「だって、私には少しも見せてくれなかったじゃん」
変わっていく君を、私が認めないとでも思ったの?
日誌を拾いながら、笑顔でこちらを見つめる。
結局先を歩いていたのは君だったって事。
そんな君の手を取った。
隣に並んで歩きたかったから。
「、危ないから」
「何もないところで転ぶのは、綱吉の専売特許でしょ?」
「小さい時とは違うんだよ」
「でも、結構、へましてない?隼人とかと」
「その減らず口塞ごうか?」
「学校出てからね」
手を繋いだ長い陰が揺れる。
俺以外の名前なんて覚えなくて良い。
君の口から紡がれるのは、俺の名前だけで良い。
「」
「何?」
「呼んで」
「綱吉」
距離が、零になった。
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