至極まずい。

何がまずいって、明らかに"夜の闇横丁"に居るこの状況と、

獲物を見つけたと言いたげなばば・・失礼。

老婆がこちらを睨んでいることが、だ。




「坊や、迷子になったんじゃなかろうね?」

「いえ、大丈夫です。ただ・・・」

「わかっとる、わかっとる。ダイアゴン横丁に戻りたい。そうじゃろう?」

「え?行き方分かるんですか?」

「連れて行ってあげよう。こっち・・」

「ダイアゴン横丁はそっちじゃありません」




一瞬の気の緩みと、本当に婆かと想われる力に引かれた時響いた声に、

ハリーも婆もびくりとはねた。

切れ長の瞳が、貫くように老婆を見据える。




「ダイアゴン横丁は反対方向ですが、まさか忘れてたなんて、
そこまで耄碌な年でもないでしょうに。違っていたならスミマセン?」

「っち!」

「え?え?」

「こっちよ」




離して頂けませんかね?

とちょっとばかし黒い笑顔で笑って、

グイッとハリーををひっぱると、

そのまま引きずるようにしてその場を離れた。

老婆が舌打ちするのが横目に入ったのは、

気のせいではないだろう。



しばらく引きずられるように・・・

というか引きずられていたハリーの目に、

見慣れたダイアゴン横町が飛び込んできた。

隣で心底莫迦じゃないのと溜息をつく少女。

そう、確かに其処にいて、溜息をついていた筈なのに、

お礼を言おうと振り向いたハリーが見たのは、

少女にしては大きすぎる格好で。




「お〜ハリーこんな所でなにしちょる?え?」

「あ・・・あれ?ハグリット?」




そこにいたのは紛れもなくホグワーツの森番。

ルビウス・ハグリット。

先刻、助けてくれた少女の姿はどこにも無く、

ただその巨体が視野いっぱいにひろっがているのみ。




「ねぇハグリット、女の子見なかった?」

「いいや。見とらんぞ。それより、ロンを捜さんでいいのか?」

「ん〜でも、迷子はその場を動くなって言うし」

「ハリー!!!」




ほらね。と笑って、

タックルをかましてきた赤毛のおばさまの抱擁に耐えつつ、

瞳は今も少女を捜す。

あおいあおいさらさらと流れるショートヘアーが特徴的で、

しっかりとした口調からは年齢不詳。

けれども、なんだか親近感の湧く子。

黒さ加減が・・・・かもしれないが。




「また会えると良いな」

「何に?」

「いや、こっちの話」













そして今日はホグワーツに帰る日。

いつもなら、3人で夏休みの話題で持ちきりだが、

現実は、そう甘くはない。不運はいつでも付きまとうもの。



たった今ホグワーツに到着した(いや出来た)のは良いのだが、

かくかくしかじか。

退学処分にならなかっただけでもまだマシだったとだけ述べておく。

マクゴナガルの用意してくれた夕食を食べ終わり、

談話室に戻ろうと像画の前まで来たが、合言葉が分からない。



踏んだり蹴ったりとはこの事だ。

そんな時、天の救いがこっちにダッシュしてくるのが見えた。




「やっと見つけた!彼方達が空飛ぶ車で墜落して退校処分になったって!!」

「ウン、退校処分にはならなかったよ」

「全く、こっちはひやひやしたっていうのに!!」

「ゴメンゴメン」




謝りながら、ふと視界の端を通った、あおに、

ぐるんっと振り返ったハリー。

見間違えるはずが無い。あの子だ。




「あ!ねぇ!ちょっと待って!!」




とっさに大声を上げたけれど、

振り返ったのは談話室に戻る何人かのグリフィンドール生だけで。

まるであの時のように忽然と。




「ハリー?どうしたの?」

「あっちにちょっと僕の知ってる子がいたような気がしたんだ」

「誰もいないぜ?」

「気がしたって言ったでしょ?」




確かにそこに居たはずのあの子。見間違えもしない髪の色。

何故か避けられているのではないかと言う不安と、

掴むことの出来なかった不満を、

思いっきりぶつけてやる。




「おいおい、暴れ柳で頭打って幻覚が見えるようになったのか?」

「「「マルフォイ!!」」」




そこに居たのは今、一番会いたくないと思っていた人物。

スリザリン生の宿敵。

ひろいでこがトレードマークのドラコ・マルフォイ。

眼鏡曰くただの莫迦。

赤毛曰くただの阿呆。

栗毛曰くただの餓鬼。




「ポッター、学校を出て行くのは明日か?荷物をまとめたほうが・・」

「うるさい黙れデコ」

「貴様!!」

「これこれ、もう寝る時間じゃぞ。早く寮に戻りなさい」




喧し言い争い止めたのは、珍しいことにダンブルドアだった。

すみれ色の寝巻き帽とローブを羽織り、

彼的には、寝る準備も万端といったところか。

何時もの様に白髭を垂らし、人当たりの良い笑みを浮かべながら、

信じられないくらい強い力で、マルフォイ等を押す。




「ちっ・・・行くぞ」

「さあさあ、君達も戻りなさい。
今日はいささか疲れる出来事が多かったからのう」

「(いささか・・・?)」

「明日は遅刻するでないぞ」




最後に手を振っているのだけが見えた。

途端、聞こえてくるのは耳を塞ぎたくなるほどの歓声。

若気の至りによる歓迎。



壁にもたれ、その喧騒を聞き流す藍色の瞳が、ゆらり。

ゴブレを掲げ、月を見やる彼女の傍らには、漆黒のふくろう。




「はじめるのか?」

「そうね」




約束を果たすために。