この物語の主人公は先月、新卒で入った会社を辞めて、

フリーターとなった24歳。

学生時代に培ってきた接客能力を活かせば、

すぐにバイト先は見つかったものの、久々だったもんだから、身体は素直に疲れている。



そんな身体に追い打ちをかけるのは、何処の車両も超満員な到着しかけている電車。



明日からは1本遅らして帰ろうと決意して、

開いた扉になんとか乗り込もうと決意を新たにした時だった。



「ふぁい・・・?」



素っ頓狂な声をあげてしまったのも無理はない。

確実にスペースなんかなかった筈なのに、ぶわっと後ろに下がった乗客達。

みんながみんな、微妙に青い顔になってるのは気のせいかな。

と思いながら、悠悠と出来たスペースに乗り込む。

意味の分からない現象に手すりにつかまろうと後ろを振り向いた時だった。



「・・・・・・・・・」



ああ。これが原因か・・・。

堅気じゃない顔をした男の子が真後ろに。

どうやら学生の様で、ジャージを着てる。

だが、そんなことは疲れ切ったにとってどうでもいい事なのだ。



動き出した電車。

ぼーっとする頭で手すりを掴んでいるのかいないのか、

力のない手がふわふわとしている。

閉まった扉にもたれる事もせず、

人を射殺せそうな顔で仁王立ちする堅気じゃない学生さんをぼんやり見つめていた時だった。



きーーっ

がたんっ



はすっかり忘れていたのだ。

この電車が、発車してすぐに急カーブにさしかかることを。

掴み損ねた手すり。

ゆっくりと倒れてゆく自分の体が、

まるで他人のものの様に遠ざかって行きそうになった時だった。



「・・・・・・・・・・」

「あ・・・ありが・・・とう・・・」



強面の学生の腕が、しっかりと自分の体を支えていて、

遠ざかっていた電車の音や、人のざわめきが、また現実に戻ってきている。




「・・・・・・・・・・」

「(なんかおろおろしてる・・・??)」

「・・・・・・怪我・・・・」

「支えてくれたからないよ。ホントに助かった。ありがとう」



ほっとしたように見えなくもない、

実際はほとんど変わっていない表情をなんとか読み取ろうとしながら、

今度はしっかりと手すりに指を巻きつける。



「(今日は良い日だ・・・)」



また倒れやしないかと、多分心配しているのだろう。

ちらちらと時々自分を見るその、長身強面な青年を、心の中で微笑みながら、

私は目の前を過ぎてゆく景色に思いを馳せた。




きょうであったいいひと