あれから何日過ぎただろう。

行った時と同じように、あの後どうやって帰ったのかも、

記憶にもやがかかったようだ。



「――ね――‐おね!!」



寂しそうだったし、震えていたし、それでも求められるままに、

されるがままになっていたのは自分なのだから、そんな、まるで、罪を犯したみたいな、

瞳を、しなくても良いのに。その顔だけが脳裏にこびりついて・・・。



「聞いてんのか青根!!!」

「!!??」



急に現実に引き戻された様に、驚いた同い年の友に、

二口は今日、何度目かの溜息をついた。

ふとすれば、青根がこうゆう思考の淵に沈むようになったのは、

幾週間か前の、大雨の次の日からだ。


今も何か考えていたのだろう。

目の前の先輩の話も多分聞いていなかっただろうし、

着替えの手も止まったままだし・・・。



「先輩たちがこの後夏祭り一緒に行こうって話聞いてた?」

「・・・・・」

「聞いてねえよなあ。で、どうする?」



少し戸惑いながらも首を縦に振った。

少しでも気が紛れる気がしたから。

考えても駄目だ。

きっと、さんはもう会ってくれないから。

忘れなければ・・・。








「人やべえな!あ、焼きそば食おうぜ!」

「ここはまずかき氷だろ?」

「いや、綿菓子でしょ何言ってんですか?先輩」

「あーーもう!はぐれんなよ!かまち!!青根!つかまえろ」

「ってえな!はぐれねえよ!」

「いやあ、すぐどっか行きそうっすもんねー」

「二口てめえ!」



祭囃子。出店。ひと、ひと、ひと。

茂庭の声に、咄嗟に掴んだ鎌先の服を離して、歩き続ける。

いつの間に購入したのだろう。

二口の手には既に、綿飴とラムネが握られていた。



「青根も食う?」

「(こくり)」



綿飴を一口もらって、また歩く。

身長があたま一つ分も二つ分も人より高い自分は、こんな人ごみの中でも、

周りが良く見渡せる。数少ないメリットだ。



「お前さ、さんとなんかあったの?」

「?」

「大雨の日から変じゃん?」

「・・・・・」

「まあ、良いけど。練習中にトリップすんのは止めろよ?あぶねえし」

「・・・・・」

「唐揚げあるじゃん!ちょっと買ってくるわ!」



手に持っていた綿飴とラムネを受け取って、走って行った二口の所在を、

少し先を歩く茂庭に伝えようと、目線を正面に移動させた時だった。



「っ!!」

「え?青根?ちょいちょいえ!!??」



待ての声も聞こえなかった。

眼に入ったを、夢中で追った。

見間違える筈がない。

人ごみの中、何人の人にぶつかったろう。

多分誰も、怪我をさせてはいないと思う。



「あの!」



夢中で肩をつかんだ。

驚きに満ちた目、もう会わないと思っていた罪への再開。

悲しみと、贖罪が入り乱れた眼。



「え、でか。、知り合い?」

「ちょっとねー。この前痴漢に会ってた時に助けてくれたのよ」

「確かに強そー」

「先行ってて?花火の場所取り行くでしょ?」

「ほーい。またラインいれるわー」



後でねーと友達だろう2人の女性に手を振るを見ながら、

悲しみ揺れた瞳も、ついて出た嘘も気にならなかった。

ちゃんと本物だと、嬉しさだけがこみ上げてくる。



「ちょっと移動しようか」



頷いて、後ろを歩く。

人ごみを抜けて、

神社の本堂の奥。

お狐様が寂しげに祀られた、離れ。



「久し振りだね。身体は大丈夫?」

「・・・・・・・いや、俺、より・・」

「あたしは平気よ。青根くんより沢山生きてるからね」

「・・・・・・・・」

「どうして、あたしを引きとめたの?」

「・・・・・・・・・分かりません」



言外に、あんな事されたのに、と、含まれている気がして。

また、悲しそうに笑う



「ただ・・・・・」

「?」

「・・・・・」

「あーーゴメンね。忘れられないよねそりゃ。
虫の良い話かもしれないけどでも、忘れて欲しいな。お互いの為だし」



力強く、首を振った。

忘れたくなかった。

軽く流されていた自分に、初めてが向けてくれた本音を、どうして忘れる事が出来るのだろう。

口下手な自分に、それを今、言葉にする術が無いのが心苦しかった。



「聞き分け悪い子は嫌われるよ?」

「・・・・・なら・・・です」

「え?」

さんに・・・嫌われないのなら、良いです」



遠くで花火が鳴った。

ゆっくり近づいてくる彼を押し戻す事も出来ず、

降ってくるぬくもりに抗う事も出来ず。



「そばに、いさせて、下さい」



ラムネ味のキス