どたばたと、素晴らしく慌ただしい、新学期初日の屋敷内で、
とだけは、優雅に珈琲を啜っていた。
「備え無き者の、時間は無意味に過ぎてゆく」
「誰の言葉だったっけ?」
「さあ?」
「余裕だね。」
「リーマス、貴方こそ手伝ってあげたらどう?」
朝っぱらから、
生クリームたっぷりのシフォンケーキを頬張る彼から遠ざかりつつ言う。
尾を千切れんばかりに振り振り降りてきた黒犬を見た瞬間、
三者三様に喉を詰まらせ、沈黙の後、
えも言えぬ空気を背負いつつ、
混乱の中へと足を踏み入れることになるのだけれども。
「大人しくしている約束じゃなかったかしら?」
「犬は人語を理解できないから」
勇敢にも挑もうと思ったらしい彼の足は、
2人の空気に震えるばかりだ。
「仕方ないわね。そろそろ行かないと、また汽車に乗り遅れるわ」
「気をつけるんだよ?」
「誰にむかって言ってるの?」
「悪かったね」
「ほら、6人とも行くわよ」
「後、一匹な」
心配なんて、君はさせてくれそうにない。
死と、いつでも隣り合わせなのに。
あっせあっせと掻き分け掻き分け。
キングズクロス駅へ向かっていく面々を、扉の向こうに感じながら、
そう思うことしか出来ない自分を、叱咤した。
皆が、無事列車で一息つけるのは、その30分以上も後のことなのだけれど。
「、シリウスに何か渡してた?」
「どうして?」
「列車に乗る前に向こうへ行ってたから・・・」
「撫でていただけよ。また少し会えなくなるから」
「そ・・っか」
とても優しい、包み込むような笑顔。
親友を気遣う彼女のその笑みは、一度だって自分に向いたことは無い。
ハリーはまた、自分だけ除け者にされているような感覚に陥っていた。
「!」
「久し振りね。ロングボトム」
「うん」
「これじゃ、3人入れない」
「2人で十分よ。私はと話しがあるから、最後尾へ行くわ」
「そう・・・・・なんだ」
「それじゃあ、また後で」
「またな」
2人はそこに佇む1人を置いて、
最後尾へと急いだ。
話すことなんて別になかったけれど、自分を落ち着かせるために。
幸いにも先客はおらず、
は沈み込むように席に着いた。
「大丈夫かよ」
「大丈夫とは言い難いわね」
「帽子は?」
「隠す事は隠すように言ってるわ。
まあ、言わなくとも、私に不利な事は歌わないでしょうけれど。あの子は」
「それもそうだな」
ホグワーツ創始者の歴史。
自分の知りうる以上のことを彼は知っている。
けれどそれを語ろうとはしない。
も知りたいわけではないし、
知ったところで、何も変わらないことを、自分で判っているからだ。
「それより、あの婆どうすんだよ」
「どうしようもないわ。私はしがない一生徒ですから?」
「嘘付け。何かする気満々の癖に」
「どうせなら孤立してみてもいいと思わない?」
「思わねえ。何をする気だよ」
「そうね。あのヒキガエルがして欲しくない事の全てを」
風が取り残される。
今年は何が起こるのか。
自分は幸せを守る約束を果たすだけ。
そう。
約束を果たすだけなのだ。
自分のために。
ホグワーツに到着するまで、2人はあれから一言も喋らず、
ただ空気を感じていた。
何も考えず、真っ白なままで。
黒い黒い、死への誘いを見つめる両の目。
「見えるようになったのね」
「も、見えるの?」
「ええ」
「これ、何?」
「セストラル。死を間近で見たものにしか見えない、誘い者」
「でもボクは・・・」
「リリーとジェームズの死は、ただのフラッシュバック紛い。そうでしょう?」
そうだった。
自分の見ていた夢は、ヴォルデモートが、自分の両親を殺す場面。
真実は、違っていたから。
「行きましょう」
セストラルを撫でる優しい手。
もっととせがむ様に細く小さくなく彼らは、
に懐いているのだろうか。
ただ判るのは、死を当たり前のように受け入れた彼女を心配する、
の苦い表情だけ。