女の子が浮き足立つ今日この頃。
どんよりした廃墟にも、甘い香りが漂い始める。
キッチンの扉に聞き耳を立てる蜘蛛達は、
さながら電気に集まる虫のよう。
つまりは、とても気持ち悪い事この上ない。
「誰に作ってると思う?」
「の事だから全員分作ってると思うけど?」
「まあね」
「というか、此の日に限って団長が出掛けてるってどういう事だよ」
「カルト、お前何か食わせてなかたか?」
「何もしてないよ」
「静かなのにこした事はないでしょ」
団員全員が頷いた瞬間であった。
「あ」
まあ、そんな時にタイミング悪く・・いや、
グッドタイミングで扉は開くもので、
呆然と突っ立っていると蜘蛛。
「あ・・・っと」
「そんなに心配しなくても、キッチン壊したりしないよ?」
そうゆう問題ではない事に、
まったくもって気付かないが可愛らしいらしく、
緩んだ表情は、さながら孫を抱いた爺婆。
「はい。いつも、傍にいてくれて有難う」
そう言って、1つ1つ手渡されていくチョコレート。
ほろ苦いクッキーの上にラム酒を入れたガナッシュを乗せ、
ハート型にくりぬいた苺と、蝶々のホワイトチョコレートが飾られている。
三角錐にラッピングされた其れは、
まるでお店にでも売っていそう雰囲気だ。
「これ、が作ったの?」
「うん」
「凄い・・・」
「味は保障するから」
「有難う」
「あたし、ちょっとこれ郵送したいから、街行ってくる」
「ボクも」
「付いてきてくれるの?」
「はい」
仲睦まじく手を繋いでホームを出て行く年少組みを見やりつつ、
ここに彼がいなくて本当に良かったと心の中で安堵した。
今日中につくように念を押して、
あちらさんルートへ配達を頼んでとカルトが戻ってきたのは、
もう、お日様がオレンジ色に融ける時刻。
カルトだけをホームの中に戻したは、
導の帰りを待っていた。
「遅いな」
長く伸びた影。
もうそろそろ夕飯の準備が整ってしまう。
暗くなりつつある空を見上げながら、
こんな時に限って出掛けた彼を罵り続ける。
だから、向こうから見えて来た導の影を見つけた瞬間、
走り出していたのだけれど。
「クロロ、お帰り」
「嗚呼」
「遅いよ。何処行ってたの?」
「本屋だ」
「また?」
「気になる本があったからな」
「明日にすれば良かったのに」
「なんだ?待ってたのか?」
こくりと頷くの頭を、そうかと言いつつ撫ぜる。
その手に感じられるのは優しさと愛しさと。
「それで、なんだ?」
「今日ヴァレンタインでしょ?だから、はい。チョコレート」
「俺にか?」
「以外に誰がいるの?いつも示してくれてありが・・」
最後まで言い終えないうちに、横を通り抜けた風。
クロロが猛奪取してホームに入ったからなのだけれど。
扉が吹っ飛ばされて、
今しがた渡したチョコレートを、団員達に見せびらかしている声に混じって、
俺を愛してくれているやら何やら、
意味の判らない台詞まで。
存在を主張しだした月を見上げて、
のついた今日最大の溜息が、空気に融けてゆく。
今日くらいなんて
思うんじゃなかった。