Iris:伝言



それはまるでエのやうだった。





「ボクは君のこと嫌いだな★」

「ええ。知ってる」




いつからだったか、記憶は定かではないけれど、

一緒に住んでいる女がいた。




「嗚呼、死にたい」




それがこの女の口癖だった。

死にたいと叫ぶくらいなら死ねばいいのに、

死ぬ勇気すらない、愚かで退屈なその女の事が、ボクはこの世で一番嫌いだった。




「ヒソカ、ご飯。食べてから寝なさいね」

「分かってるよ◆」

「ほら、また口についたまんま」

「五月蝿いな」




生温いどろどろとした何かで、その女はボクの事をいつも包んでいて、

そこから逃げ出したいと思わない日はなくて・・・。




「生きる事に疲れたなあ。ねえヒソカ」

「そうだね★」




同意が欲しいだけだという事を、もう既に理解していたから、

ボクは思ってもないその言葉を、いつも吐くだけ。

その女は、それで満足したかのように笑ってるから、だから・・・。




「ヒソカは良いなあ。どうでもイイ事なんてなさそうで」

「どうゆうことだい?」

「そうゆう事」

「意味が分からないね◆」

「死にたいねえ。ヒソカ」




また、何処を見ているのか分からないような眼で笑う。

ひとしきり生きるために必要な行為を済ませた女は、ふらりと何処かへ消えて行った。

毎夜毎夜、何処へ逝くのか、

もう気になる事なんてなくなったけれど。








次の日の朝も、その次の日の朝も、

ずうっと、この、生に執着のない気怠い女と、過ごして行くものだと思っていた。

何事もなく過ぎてゆく、ボクの当たり前が、

その日その朝、がらがらと崩れた。




「ねえちょっと?」




いつもは、あの頬笑みを浮かべて、

お早うヒソカと一言言って、

テーブルの上のトーストを指さして、

出掛けるなら、10時までには帰ってきなさいね。

そう、言われる、筈だった。

リビングとして使われている処には、

いつもの朝ご飯。

そして、女。

机の上に突っ伏している女。

それはまるで、絵の様だった。




がたりと、生の重みに耐えきれなくなった椅子が傾いて、

女と共に倒れて行く。

倒れて逝く。

朝の光に照らされた女は紅かった。

それはまるで、餌の様だった。




遺憾ながら感じるのは、ほっぺたの生温い感触。

あの女の最後の言葉。

ボクの大嫌いな言葉。

嗚呼、君が半生かけてボクに伝えたかった事は、

たったそれだけの事だったのか。

なんて、分かってしまうボクは異質なんだろうね。

ね、




「生きてあげるよ★君の分まで◆」




ボクに命を与えて、

奪っていったその代償は大きいよ?

それはまるでエのやうだった。




Thanks 10,000hit. To 某様.