Sunflower:憧憬



「薬など、御入り用では御座いませんか?」

「貴方は?」

「ただの、薬売り、ですよ」

、舞の御指名入りましたよ」

「はい。ただいま」




自分の身なりを理解している。

だからこそ遊郭は、良い商い場所で。

良く、稼がせて貰っている場所だ。




「薬売りさんがお見えです」

「丁度良いところに」

「御入り用のものは、なんでしょう」




しゃなりしゃなりと去ってゆく、

お扇子ならして去ってゆく。




「これからも、御贔屓に」

「選り取り見取り、揃ってますよ?如何です?」




しなだれかかってくる、着飾った女に興味がなかった。

お古の着物を着こなし、薄化粧した彼女くらいだ。

自分の目に止まったのは。

まあまあ、久し振りではある事。

ここらでひとつ、吐き出してしまっても悪くはない。




、さんは」

「舞しか能がない子です」

「彼女を待っても、宜しい、ですか?」

「ええ。ええ。薬売りさんが宜しければ」




つんっと鼻につく香の馨り。

彼女だけが、冒されていないと思った。

襖を開けられるその音も、しない。

何にも、浸食されない。




「御指名頂き、どうも」

「そう堅くなられては、困り、ますよ」

「舞いましょうか?床へ行きましょうか?」




震えもなく、

ただ其処に在る事を受け入れている瞳。

明日、生きる理由を造られている自分とは違う。




「薬売りさん、の御名前は?」

「ただの、薬売り、です」

「では、薬売りさん。何をいたしましょう?」




名前など、大嫌いだ。

は自分しかいないから、

呼ばれれば、行かなければならないのが、

至極、いつも、鬱陶しかった。

そんなもの、払い除けてしまいたかった。

花魁なら、沢山いるのに。

薬売りなら、沢山いるのに。




さん、少し、急き過ぎや、しませんか?」

「このようなものですよ」




襖を開けたまま、縮まらない距離。

聞こえてくる喘ぎ。

熱望感は膨らむ膨らむ。

彼が、

彼女が、

自分であれば良かったのに。




「では、膝枕、など」

「失礼致します。どうぞ」




やっと無くなった距離。

嗚呼、欲しい。




「薬売りさんは、何処から何処まで旅を?」

「示されるままに」

「それは・・・」

「退屈かも、しれませんね」

「いいえ。決してそのような事は」

さんは、いつから此処に?」

「名前を付けられる前には」




此処で定義され、

此処で生きていく。

さらりと髪に通された、白魚の指が、

滑るように、何度も何度も。




「貴方にしか、出来ない事なのでしょうね」

「そのようで」

「素晴らしい事です」




年端もいかない子供のように笑った。

その唇が輝いて見えたから、

我慢できずに、己の唇を押しつける。




「貴方なら、私をなんと呼びますか?」

「なんと呼ばれたいんで?」

「貴方の想う名前を」




次の日の朝、

お古の着物を着こなした女が、

道連れに増えた。

手を繋いだ。

道を示した。

君がそう、望んだから。




Thanks 10,000hit. To 沙代子様