なんだかんだ言って、やはり穏やかな時間が流れていると思う。

(変体ピエロと一緒に過ごしているにしては)

ただ、思い出してしまうこともやっぱりあって。

一度見てしまったどん底の記憶は消せないから。

だから、煌々と照りつける月を、

もう、何時間も見続けている。




「眠らないのかい?」

「寝ていいよ」




思い通りに行かない人生。

知っている筈。

仕方がないと判っている筈なのに、

それでも胸に出来るしこりやむかむかは止まらなくて。







眩しいほどに照りつける昼間の太陽。

ヒソカが何処かへ行ってしまってから数時間、

は杖を振り続けていた。

逃げ回るクロノス相手に稽古中。

静かに波立つ湖だけが見守る中、の額から汗が飛んだ。




「喉渇いたな」




何処から用意してくるのやら食料は、

ヒソカのポケットから毎日出てくるから、

まったくもって心配は要らないのだけれど、

1人になれば、やはり欲しい物は出てくるわけで。




「一番近いのはあの胡散臭い都市なんだよね」




はっきり言って行きたくない。

行きたくないが、いつも身体を洗っている(むしろ浸かっている)湖の水を、

飲む気には、死んだってならない。

誰も、ヒソカ(&自分)のエキスが溶け込んだ水なぞ、

飲みたくないはずだ。

断じて。




「買いに行きますか」




とてとてと自分のほうに歩いて来たクロノスを抱き上げ、

せなに背負いなおすと、

お金が入っているのを確かめて、

は恋愛都市アイアイへと、歩を進めた。



ざわざわと耳につく騒音。

今まで穏やかな空気と音にしか触れていなかったから余計だ。




「(早く買って早く帰ろ)」




歩くスピードを速めて、

スーパーまでやって来たは、

水を一本手に取ると、かなり高速でレジに向かった。

機械的な作業がなされていく。



自分は只の通りすがりで、

周りにいるのはオートマタか、見ず知らずの人間。

なのに、声が聞こえる。




「(被害妄想。これは妄想)」




自意識過剰とも取れるその病気。

笑い声がやけに反響している。

湖の畔についた時には、荒い息をして、手首にナイフを当てていた。






「腕、見せてごらん★」

「気付いてたんだ」

「◆」




何もせずに夜まで過ごして固まってしまった血を、

水にぬらしたタオルで少しばかり強く拭いて、

真っ白な包帯を器用に巻いていくヒソカ。

眼は、月から離れない。




「見たくないなら見ないでいいんじゃないかい?」

「何を」

「月を★」




そっと被せられた大きな手。

暗くなった視界。

自分とは違う人の血の流れを感じる。

安堵の涙がどうしてか流れるのは、

君といる時くらいだから。




「ゴメン」

「イイよ◆」

「ホントにヒソカは優しい」

「vv」




安心して胸を預けてくれるのは、嬉しい事のこの上ない。

君の涙を見た数なら、誰にも負けない自信さえある。

だけど、どうしたってボクのものにはならなくて、

その他大勢の中の一人でしかない自分を恨んだ。




「落ち着く」

「付き合ってみるかい?」

「寝言は寝て言って」

「本気だよ★」

「ありがとう」




ほら、特別な言葉は流されるだけ。

どう転んでも、




結局いい人止まり。