小さな小さな船に揺られること1日。
今まで居た都会とは一変、翠と蒼が目の前に拡がる。
「凄い」
「そう?」
「こうゆうところ好き」
「良かった!」
軽々とスーツケースを持ち上げて、
自分の手を引くゴンを見ながら、周りを見渡す。
ゴンが女を連れてきたと、良く判らない声は聞こえど、
自分はあまり興味がないので、右から左へ。
「ここがオレの家」
「お邪魔します」
敷居をまたげば、ふうわりと香る甘い匂い。
シフォンケーキだ。
机の上に置かれたできたてのそれと、
添えられた、品の良い生クリームとオレンジマーマレード。
「もう着いたの?連絡くれたら迎えに行ったのに」
「いいよ。1人で来れる、あ、これが母さん」
「はじめまして。です。これから暫くお世話になります」
「ミトです。ゆっくりしてってね」
とても優しそうなお母さんだ。
つい先程分かれた、自分の育ての親の顔が、脳裏をかすめた。
「焼きたてで良ければどうぞ」
「頂きます」
ふわっと、口に入れれば、とろけてしまいそうなケーキ。
香ばしく薫るのは、蜂蜜だろうか。
「ここにしかいない、特別な蜂の蜂蜜を分けて貰ってるんだ!
ミトさんのつくるおやつの中で、これが一番好き!!」
「おいしい」
自然と笑顔になれるのはきっと、
よこしまな心や、暗い雰囲気など吹き飛ばしてしまう彼が居るからだ。
ミントティーで締めた後は、こっちとまた手を引かれて家を飛び出した。
「この森の長と友達でね、に紹介しようと思って」
「どんな子?」
「小さい頃に知り合ったんだ。凄く可愛いよ」
コンと、彼の名を呼ぶ。
知っていたけれど、実際会ってみるのは全然違って。
長と呼ばれる由縁が判る気がした。
自分の導も持っている、カリスマ性がにじみ出ているから。
ゴンに敬意を示した後、そっと見つめられる。
いわば自分はよそ者だから、いくら彼の連れてきた客といえど、
警戒するのは当たり前だ。
こちらから手を伸ばすような無粋なことはしない。
代わりに危害を加えないという合図になるだろうかと、両手を挙げてみる。
何も、貴方達に危害を及ぼすようなものは何も、持っていないよと。
しばらくすれば、向こうから寄って来てくれて。
「凄いや」
「どうして?」
コンの脚の間に挟まって、キラキラと光る水面を見つつ返答する。
「コンは懐かないんだ。キルアだって、
此処にいることは許してもらえたけど、触らせてもらえなかったよ」
「そうなの?」
「うん」
「ただ、もし良かったら触らせてくださいって思っただけ」
「も動物に好かれるんだ?」
「そうみたい」
ぺろりと頬を嘗められて目をつむる。
あははと響く、純粋な笑い声に、懐かしささえ感じた。
「ゴンは何してたの?」
「ずっと鍛錬」
「お父さんは見つかった?」
「なんで・・・」
「知ってるのかって?」
最終課題のこと。
「内緒」
「ちぇ」
「まだ見つかってないんだね」
「もう少しの所までは行ったんだけど」
「まだまだ時間はあるよ。気長に」
「だから今は」
「「鍛錬」」
2人の笑い声が重なって、さながら合唱のように、
オレンジ色に融けた空へと響いた。