あの日から、はよくベックマンを目で追っていた。
よくよく見てれば人間関係などなど色々見えてくるもので。
人間観察が趣味だったというのも手伝っているのだろうが。
意外とやらなければならない雑用は山ほどあった。
洗濯物、掃除、ほつれた服の繕い、食事の準備と片付け。
空いた時間は人間観察。
ここまで仕事をしているものの、
周りに馴染めたかといえば否と言わざるを得ないだろう。
なんというか、が目に入っていない感じだ。
コック達とベックマン以外は。
「ザインさん、お手伝い来ました」
「今日は早かったですね」
「ルリさんが雑用手伝ってくれてたんで」
厨房のドンであるザインも、ルリが嫌いな者の1人。
といっても、ベックマンとザインくらいだ。
ルリを嫌っているのは。
2人に言わせれば、男の中に咲く一輪の華なんて、なんの役にもたちゃしないらしい。
だが、1週間この船に乗っていれば、どれだけルリが好かれているかが判る。
あの子が、下手な展開を手に入れた。
自分はそうではなかった。
だが、2人は優しくしてくれているし、やる事もある。
何の不平を言う必要があろう。
にっこり笑って野菜のペースト作りを任せてくれたザインさん。
コック達に混じって作業を始める。
今日は、オムレツらしい。
この間の島で、極上の卵が手に入ったばかりだったのを、は思い出していた。
「あれ?」
「どうした?」
「副船長がいないね。いつもはこの時間帯は珈琲飲みに来てるのに」
仲良くなったコック達と談笑はいつものこと。
同い年くらいの子達もいて、がこの船で一番落ち着けるのは厨房。
彼等はルリとあまり接点を持たない上に、
食物が恋人というザインの教えを守っているもんだから。
「そういえば・・・・ああ」
「何か問題でもあったの?」
「いや、多分、航海士達ともめてるんだ。いつものことさ」
「お頭はああだからな」
「頭を使う仕事は全部ベンさんに回るんだよ」
「尊敬するぜ」
「大変そうだね・・・」
シャンクスが悪いわけではない。
むしろ、シャンクスでなければこの大所帯をまとめきれないだろう。
いいパートナーなのだろうが、いかんせん、至極しんどい仕事を受け持ってしまっただけで。
「ザインさん!ペーストここに置いときますね」
「もう終わったんですか」
「はい。それで・・・・」
「珈琲と軽食を包んであげますから」
「お見通しですか」
「が判りやすいんです」
「なんかけなされてる気がしますが?」
「素直でカワイイと言ってるんですよ」
なでなでとなんだか本当に子ども扱い。
悪い気はしないが。
ぶらぶらと足を投げ出して、厨房の中をじっと見つめる。
自分の仕事を真剣にこなしている空気が、は好きだった。
「はい。どうぞ」
「ありがとう御座います」
「多分もう、自室で休んでいるでしょう」
「なんか、ザインさんとベンさんて夫婦関係みた・・すみません」
「いえいえ。あんな強面と一緒になんてなりたくないですよ。誰も」
あまりの笑顔に一瞬引いたけれど(むしろ土下座しかねなかったけれど)、
そんなザインの事がは好きだった。
漫画の中に1人はいた黒キャラ。
男というのはどうでもいいのか。
は疑問に思いながら、ひそりと言われた言の葉に首をかしげて、厨房を後にした。
「あなた以外はね」
どうなのだろう。
首を傾げたら、ザインはえ?という表情だった。
好きと愛しているの区別は、あの夏からつかなくなったのだ。
一度命を捨てようとしたあの夏から。
まあ、今はどうでもいい。
外からでも入るなオーラを感じられそうな部屋の扉をノックする。
「誰だ」
「です」
「空いてる」
海図と睨めっこして既に数時間。
日が沈んだのも、もしかしたら気付いていないかもしれない。
ノックに答えたベックマンは、ふうと一息ついて、が入ってくるのを待った。
「失礼します」
「どうした?」
「副船長、いつもこの時間に珈琲飲んでたんで、差し入れです。
ベーグルサンドはザインさんから」
「悪いな」
「いいえ。この船の命運を握ってるのは副船長ですもんね」
かたりと置かれた珈琲と軽食。
それと、満面の笑顔。
ベックマンは、知らず知らずのうちに警戒を解いている自分に気付いただろうか。
進路を最終決定するのは頭の役目だが、
その候補を選び抜くのはベックマンの仕事。
威厳がありそうでないお頭を支えていこうと決めた日からずっと・・・・。
「いつもいつもお疲れ様です」
ただその一言が、綺麗さっぱり疲れを取ってくれたような。
そんな身体の軽さにベックマンは驚きつつも、
食器を下げるために待っているを見やり、
また自然と笑顔になった。
「座れ」
「いえ、御気になさらず」
「命令だ」
「・・・・・そうゆうの職権乱用って言うんですよ?」
「使えるもんは使わねぇとな」
「・・・・それじゃあ、お言葉に甘えて」
ベッドを示してを座らせたベックマンは、
飲みかけのカップをことりと置いて、に向き直った。
副船長と言う肩書きを持つ自分に、いい意味で緊張しない。
いつからだったか。
気にし始めたのは。
「船には慣れたか?」
「仕事なんかを覚えたかとゆう意味なら大分。馴染んだかと聞かれたなら、否ですね」
「・・・・どうゆう意味だ?」
「あの、失礼になるかもしれないこと聞いてもいいですか?」
「内容による」
「そんなの言ってみないと判らないじゃないですか!」
「冗談だ。言ってみろ」
紙面なんて嘘吐きだと、はこの頃思っていた。
こんな茶目っ気たっぷりのベン・ベックマンなんて・・・・。
でもまあ、自分の問を明らかに出来るのなら、それくらい流そう。
そう思えるくらいの・・・。
「皆さん、ルリさんに心まで奪われてる感じがします」
「それで?」
「私の存在を知らないクルーが、今でもいるんじゃないかって」
「だから?」
「いえ、やっぱりいいです」
「なんだ。いいのか」
何か、特殊な、そう。
悪魔の実の能力でそうさせてるんじゃないかって。
馬鹿げた事。
どちらもの、ココロの内。
「あ、それより、これからは私が珈琲でもなんでもいれてきますから」
「は?」
あまりにも飛び飛びの会話に、流石のベックマンもついて行けなかったのだろうか。
気付いた時には、なんとも間抜けな声を出してしまっていた。
「お仕事されて、何か飲みたかったりしたら、呼んで下さい」
ね?
と、もう、計算してやっているのではないかと思うくらい。
俺はロリコンだったのか?
一瞬間焦ってしまう自分と、それならこの気持ちの名前も知っている。
ダメだ。ダメか?
なんだか良いと思えてしまって、
判ったと笑ったのは、数秒も経たぬうち・・・・・。