「」
「なんでしょう」
「それ、ベンのところ?」
「はい」
「良かったわ。私に出来ることで」
「どうかしたんですか?」
「に頼みたいことがあるの」
珍しい人物に手招きされて連れて行かれたのは甲板中央。
きれいに折りたたまれた帆に空く、大きな穴。
確か、副船長に頼まれて、が修理した場所だと記憶する。
「誰が修理したのか、雑で困っちゃってて」
「はあ」
「、お裁縫得意だって聞いたから」
「繕えばいいんですね?分かりました」
「良かった。シャンも困ってたの」
「これ、お願いしていいですか?」
「もちろん」
ベンの手に渡るはずの珈琲をルリに任せて、
裁縫セットを取りに階下へ向かう。
副船長の部屋を通り過ぎると同時に扉が開いた。
「今日は珈琲なしか。珍しいな」
「ルリさんに任せてきました」
「・・・・・・」
「帆の修繕頼まれたので」
「ルリにか」
「ええ。この前の嵐の時でしょうね」
「・・・?この間の嵐で破損はなかった筈だが?」
「破れてたんですよ。私が修理したところが」
「本当か?」
「はい。確かに」
考え込むベックマンを尻目に、
はとりあえず、裁縫箱を持って戻ってきた。
ちょうどルリとのすれ違い。
出来ればこれ以上会いたくなかった。
「あ、」
「はい」
「頼まれた仕事は迅速にやってね。船での鉄則」
「分かりました」
にっこり微笑んだ中に見え隠れする敵意。
の思い過ごしかそれとも・・・・。
いまだ考え込んでいたベックマンを部屋に入れるルリと、
迅速に事を運ばねばならない。
帆の隣に腰掛けて、ぱかりと蓋を開けてため息。
誰が使ったのか、糸がもう、申し訳程度にしか残っていない。
ルリに言わなければと思ったが、あそこに行くのは気が引ける。
仕方なくそこに道具を広げたまま、船長を探しに出かけた。
しかし。
いくら探しても見つかることのない、あの目立つ赤毛の船長。
海の真ん中で消え失せる筈もないのだが・・・。
何故か今日は色んな事が上手くいかない。
こんな日もあるかと諦めて、自分の受け持った場所へと戻っていく。
そこが大惨事になっているとも知らずに。
「!」
「・・・・はい?」
「お前、どうゆう神経してんだ?」
「え?」
「大丈夫か?ルリ」
脚を抱えて蹲っているルリと、出した筈のない鋏についた血。
自分は作業をする前にココを離れたはずだ。
しかも、このような初歩的なミスする訳がない。
「私、何も出してませんよ?」
「あのなぁ、現にルリが怪我してんだろ?もちっと気をつけろ」
「・・・・はぁ」
「反省してねぇな」
反省するも何も、出した覚えのない鋏でルリが怪我をしているのに、
何を反省するのだろうか。
裁縫道具は人目に触れぬよう、肌身離さず持っておけという事か?
「お頭ぁ!嵐が来るそうですよ!!どうします!!」
「なんだと!?」
偉大なる航路での日常茶飯事。
天候は神のみぞ知るだ。
「帆が直ってねぇっていうのに!」
「進路変更しますか?」
「全速力で逃げろ!!」
『了解!!』
「おい、とりあえずココ片しとけ」
「は・・・い」
皆が去っていく中、一人ぽつんと裁縫道具と帆の前に佇み、
何が何やら分からぬ頭で、とりあえず言われた事をする。
鋏についた血をぬぐい、切れ難くなるななどと考えていた。
役立たずを見るようなあの目。
あの顔。顔。顔。
全員が全員、何やってたんだよこいつ。
と、訴えてるのがわかった。
目は口ほどにものを言うとは、よく言ったものだ。
「・・・・・はは。下手って言うか、成る程」
悪役1人は必要な者だけれど、まさかこんな下手な手にひっかかるなんて。
裁ち鋏の入っている引き出しを開けたなら、
綺麗に収まっていたそれと、血をふき取った鋏を見比べる。
ただの大きな、血のついていた鋏を。
どこからだろうか。
多分、帆に穴を開けるところからだ。
よくよく見れば、綺麗に切り裂かれた布。
ベックマンを信じなかった、これが結果。
「莫迦野郎」
「誰がだ?」
「私がです」
「今頃気づいたか」
「酷いですよ?」
後ろから聞こえてくる声に応答だけして、
裁縫道具と帆を片付け終えたは、
すくりと立ち上がり、船内へと赴く。
それについてくる足音を、気にすることはない。
「はめられたか」
「とても綺麗に」
「気にするな」
「皆が許さないでしょうね」
「」
「この船を降りますよ。彼女の思惑通りに」
ぐいっと後ろを振り向かされて、
瞳に移った顔は、怒りで色が変わっていた。
いつも見ている、穏やかで、策士で、手先が不器用な彼ではない。
身体が震えているのは自分も同じ。
今まで触れることのなかったルリの領域。
部屋においてあった悪魔の実図鑑。
丸をされた実の名前。
そして、エターナルポース。
「そこまでする必要はないだろう」
「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」
「?」
「わたし屁理屈屋なんですよ」
「なんだそれは?」
「ああ言えばこう言う」
忘れちゃいけなかったのは、なんだったかな。
とびっきりの微笑と共に、少し揺れだした船体を、上へ上へと上がっていった。
幕引きは自分でしてやる。
逆ハーレムの主役は渡せても、自分は渡さない。
そう、心に決めて。