無人の島に、金目の鷹と住まい始めて半月が経過した。

毎朝の日課は、何処から手に入れてくるのかは知らねど、

鷹が持ってくる材料で朝餉をこしらえ、

テーブルに並べて食した後は、ピアノに向かい、あの曲を奏でる。

鷹の目はえらくあの曲を気に入ったらしく、

毎日毎日同じ曲を弾いても何も言わない。


そして、3時どきに淹れる珈琲。

湯気の立つその琥珀色を見ては、思い出す。

思い出して心乱れるあの・・・・。

おぼろげにする様に心がけ、鷹の目へとそれを運んだ。




「熱いよ?」

「構わん」

「聞かないんだね」

「主の心を乱す者の事か」




珈琲を口に運びながら、鷹の目は問う。

やっぱり判っていたのかと、ひとつ溜息を吐けば、

抗えぬ力で抱き上げられて、

ちょこんと座らせられるのは、いつもいつも鷹の目の膝。




「私、子供じゃない」

「知っている」

「じゃあ・・」

「俺がこうしたいだけだ。気にするな」




ありがとうと、何度言いたかったか。

ベックマンを思い出す度に、鷹の目の匂いで掻き消された思い出。

波絶たぬ心は穏やかに。

船すら進まぬ凪状態で。




「ねぇ、いっつも同じ曲聴いてて飽きない?」

「あの曲はいい」

「でもさ・・」

「主の出来るものの中でな」

「ああ・・・。うん」




出来ることだけをしていればイイと。

驕らなくても、そのままで。

それが、彼女をココにとどめている最大の理由。

けれど、挑戦してみたいと思うのもの性で。




「新しいスコア欲しいな」

「あの曲で十分だ」

「私が新しい曲やってみたいんだよね。ダメ?」

「・・・・・・・よかろう」




初めての強請り物。

鷹の目はすぐさま船を用意して、とある都へと向かった。

音楽も盛んであると聴く、水の都へ。


彼女に想い人がいることは、最初の3日程度で判っていた。

けれど、毎日健気にご飯を作り、代金だといったピアノを弾いて、珈琲を淹れてくれる。

詮索すれば、彼女が捜しに行こうとすることは承知していたから、

自分のために、何も問わなかったのだ。


進む船から手を海に伸ばし、

ぱしゃぱしゃと音を立ててはねる水飛沫を感じているその無垢な姿に、

思わず微笑んでしまうくらい、自分はもう、彼女に惹かれすぎていたから。






「なに?」

「来い」

「はいはい」




しぶしぶといった顔つきだけれども、こちらに来てくれるようになって1週間。

愛していないから、落ち着けるだけの存在だからか。

それでも良かった。




「ミホーク・・・・大好き」

「知っている」

「自意識過剰じゃない?」

「大好きなのだろう?」

「そうだけど・・・・・なんか癪」

「そういうな」

「そういえば、何処に向かってるの?この船」

「着けば判る。着くまで3日ほどかかるがな」

「お楽しみって事?」




ふっと笑ったその顔が、を癒す。

今も腕の中で、安らぎを求めているのは自分だ。

イイと言うのを聞かずに乗せられたピアノと同じように、

は鷹の目の腕の中で。















それからきっちり3日経って、

は水の都の大地を踏んでいた。

本でしか見知らぬその巨大な噴水に感激の言葉を上げて、

宿を取るべく街に入る。

ヤガラなる乗り物に乗り込む鷹の目があまりにも可愛く見えたから、

噴出したは、思いっきり睨まれていた。




「ここって、造船で有名な島じゃないの?」

「音楽の類も有名だと聞いたからな」

「へぇ」




滑らかに水路を下っていくヤガラ。

宿にいったん荷物を置いて、当初の目的であるスコアを見るために店に向かう。

鷹の目が、いったいどうやったのか、

グランドピアノを担いで宿に戻ってくるまで待った後で、だが。




「何もここまで持ってこなくたって」

「弾きやすいものがあるのではないのか?」

「そりゃそうだけど・・・・それでミホークが疲れるのは嫌」

「疲れてなどおらぬ」

「嘘。だって珈琲に砂糖入れてたし」

「・・・・・」

「これからは止めてね?」

「承知した」




変なところ目敏い道連れに腕を絡めさせて、

ゆったりと歩いていく鷹の目。

目的の店が以外にも簡単に見つかったものだから、

少し拍子抜けしてしまったくらいで、その他は充実していた。


真剣にスコアの並ぶ棚を見ているを、

微笑んでみていた鷹の目は、ふと店の外に目をやった。

そこにいたのは、赤髪と幹部達の、豆鉄砲でも食らったかのような顔。

瞬時に色々なことを判断した鷹の目は、

去れ、と目だけで訴えて、の元へと歩む。

こいつ等が、の目に入らないように。




「決まったか?」

「うん。これ」




海のイラストの上に靡く木の葉。

自分のイメージと合致するものが見つかったのだろうは、

とてもうれしそうに微笑んでいる。




「では、帰るか」

「・・・買ってくれるの?」

「当たり前だ」

「返せないよ?」

「そのようなこと、気にせずとも良い」




くしゃりと頭をなでてやれば苦笑。

すばやく代金を払いながら、あの4人がいないことを確かめて、店を立ち去った。

帰りにから絡ませてくれた腕で、機嫌は元に戻ったのだけれど。

宿に着けばすぐピアノと向き合う




「折角ミホークが持ってきてくれたんだから」




そうは言っても、3時の珈琲は必ず入る。

何曲かすでにマスターしたようで、新しい音色がミホークを癒した。

ピアノの椅子にもたれながら、夕暮れ時の空を見上げる。

返してなど・・・やらぬ。

そう、心に誓って。