、もう少しここに滞在することにした」

「そうなの?別にいいけど」

「帰りたいか?」

「どっちでもいい」




話をつけてきたかった。

のこれからについて。

自分が勝手に決めていいことではないのかもしれない。

だが、あんな涙は見たくなかった。

もう、二度と。




「少し出かける」

「ご飯は?」

「帰ってから食す」

「じゃ、作って待ってるから」

「別に待たなくとも構わぬぞ?」

「1人で食べても美味しくないでしょ?」

「だが、遅くなるかもしれぬ」

「ミホークは1人で食べたいの?」

「いや・・・・」

「でしょ?だから待ってる」




水の都2日目。

午前中は、ずっと宿の中で過ごした。

がピアノから離れたがらなかったからだ。

早くミホークに新しい曲を聞かせたいから。らしい。


いつもの服に鍔広帽子を被り、

黒刀を差し込んで外に出、向かう先は、赤髪海賊団の船。

ゆっくりゆっくり、審判の門へ赴くかのごとく、

ミホークの顔は強張るばかりだ。




「いってらっしゃい」




窓からが手を振れば、それに答えるだけの余裕はあったが。

あの涙を流させる相手は、赤髪か、それともほかの誰かなのか。

こんなにも、道程を長いと感じたことは未だかつて無かったのではと、

ミホークは自心を探り、ため息をつくしかなかった。




「邪魔をする」

「鷹の目・・・・」

の事だ」

「・・・・・・・」

「今後一切あいつの前に姿を現すな」













窓からミホークを見送った後、

ピアノに向き直ったは、十字のネックレスを発見した。

ミホークがいつも首から提げている大事な。

遅くなるということは大事な用事か。

しばらく悩んだ後、そのクロスを抱えて、ホテルを後にしていた。




「全く、世話の焼ける」




ぶつぶつと独り言を言いながら、

ミホークの向かったであろう方へと早足で歩いていけど、

なかなか目的の人物が見えてこない。

リーチの差だろうが、だんだんも悲しくなってくる。

もう少しで港へ着いてしまうし、

もし見つからなかったら戻ろうと、心に決めた矢先だった。

あの、黒刀が鳴ったのは。



幾度となく彼が鍛錬しているところを見てきたからすぐに判る。

びくりと反応したは、一拍おいて駆け出していた。

何があったにせよ黒刀を抜くなんてただ事ではない。

手の中にある小さな刀が無い所為かもしれないが、

それでも。




「なっ・・・!」




開けた視界の中瞳に映ったのは、

三本傷のジョリーロジャー。

1人は銃で、1人は剣で。

何故?その言葉しか出てこなかった。

でも、とっさに叫んだのは・・・・・。




「ミホーク止めて!!!」




がきんっという音と共に振り向いた数多の眼。

ずっと居心地の悪かった眼達。




・・・何故」

「ミホークがこの子忘れてったから、追ってきただけ」

「そうか」

「・・・帰ろう?」




黒い刀にも、長い銃にも恐れはなかった。

見るのがつらい。

あの人の、苦々しい表情。

甲板で見ているのであろうコックたちの長の顔。




「ミホーク」

「待て

「ミホーク!」




お願い。早くして。

これ以上、あの人の声を聞いていたら、涙が溢れそうになるから・・・。

止める鷹の目を振り切ったベックマンは、の元へと歩み寄った。

その腕を取ろうと伸ばした自らの手は、

彼女の手によって拒まれて、あの日の様に宙を彷徨ってしまったのだけれど。






「見つけないでって言いましたよね?」

「たまたま見つけちまったんだ」

「副船長、私、欲しいのは平穏なんです」

「?」

「波風立たないくらい、穏やかな」

「つまんねぇ人生だ」

を離せ」




ぎゅっと握ったマントから伝わる体温。

愛しているから、気付いてしまったから、一緒にいたくない。

右手には、彼のクロスがきらりと光る。




「戻って来い」

「無理です」

「一緒にいてやる」

「・・・っ!」




それ以上、は何も喋らず、俯いたまま時が過ぎた。

一秒か、一分か。

双方にとって、とても気まずい雰囲気。




「帰るぞ




その言葉を待ち望んでいたかのように、

はこくりと頷いてミホークの腕を取った。

聞こえるくらいの舌打ちをかましたベックマンは、今度こその手を掴んだ。

強引に振り向かせて、唇を奪う。

振り下ろされた黒刀で、数秒の味わいだったが。




「そいつだってお前を愛してる。判っているんだろ?」

「黙れ。それ以上言うと本当に切り刻むぞ」

「・・・・・・・」

「戻って来い!!」




声を荒げるあの人を見たのは、初めてだったかもしれない。

船上から見守るクルーたちも、かなり目を丸くしている。

顔を上げたの頬には、行く筋もの涙痕。

2人の息を呑む音が響いたように思う。




「あんなにしんどい愛なら、なんでもない恋の方がいいです!!」

・・・・」

「聞こえたな?」

「触れていたいだけだ」

「それでも・・・」




愛している。だからこそ、一緒にいたくない。

ぽろぽろと涙を流すの顔を数秒見つめて、

ベックマンは力なく腕を下げた。

自由になったを引いて遠ざかるミホークとの影を、

見えなくなるまで見送った後、何故か地上に降りていた旧友の前で止まる。




「愛してくれてるんだと」

「良かったじゃないですか」

「嫌いでも何でも、同じ船に乗ってる方がいいがな」

「・・・・・・・」




ただ、あの顔を見れば、何も言えなかっただけ。