だってほら、約束だった。
「歪みが直った。戻って来い」
またまた突然現れて、そう言い放った自称慈愛と慈悲の象徴。
判っていたことなのに、一瞬止まってしまった自分達を呪った。
「良かったね。案外早く直って」
「まあな。俺に不可能はねぇ」
「自愛と自尊の象徴?」
「言うようになったな」
「で、何か準備するものとかないの?」
そうだ。
日常に戻るだけ。
だけなのに。
「あの、1日待って頂けませんか」
「ああ?くくっいいぜ。明日の同じ時間だ」
「ありがとう御座います」
「ちなみに、向こうに帰りゃ、ここの記憶は消えるからな」
「なん・・・・だと?」
「当たり前だろ。ここと向こうは相容れねぇ世界だ」
せいぜい楽しめよ。そう言ってさあっと消えてゆく。
とっさにそれしか言えなかった。
1秒1秒時は過ぎているのに、なかなか動くことが出来ない。
「どこから旅再開するのか知らないけど、食料とか・・・」
「」
「どしたの?悟空」
「、一緒に行かね?」
「うん?無理でしょ」
すっぱりと、心地良いほどに切り捨てた言葉。
知ってる。判ってる。
解ってる?
缶詰とかの方がいいの?と話を戻そうとする。
今までの生活は一時凌ぎで、自分達にはせねばならぬ事があって、
彼女にもしたいことが山ほどあって。
「俺やだよ!のこと忘れるなんて!!」
「そりゃ、俺もだけどな」
「なに辛気臭そうに。いいじゃん。一夜のお相手だとでも思えばさ」
「なるほど」
「悟浄!!」
「八戒もそんな気立てないで。いいじゃない?後腐れなくて」
「本気ですか?」
「え?」
「本気で言ってるんですか?」
「だったら?」
「怒りますよ」
「怒ってください。あたしに八戒の笑顔は通用しないからね」
へらへらと笑っているから、彼女の肩の震えに気付かなかった。
いつものようにタバコを吸いつつ新聞を見やる三蔵。
しょうがねぇかとソファに沈む悟浄。
泣きそうな顔で俯いている悟空。
ばたんっと響き渡ったのは、いつも温厚な八戒が出て行った音。
「あのね、あたし明日学校で早いから、適当に食料置いとく」
「わりぃな」
「いえいえ。三蔵様の銃は後で出しとくから」
「今出せ」
「はいはい。悟空?」
「は、俺達のこと忘れて良いのかよ」
「あたしは忘れないでしょ?」
「え?」
「忘れるのは悟空の方だもん」
言われてみればそうだ。
向こうに帰ればと、あの神様は言った。
「じゃあ、忘れられるなら良いのかよ!!」
「黙れ猿」
「黙んねぇ!!」
「なんだと?」
「ねぇ悟空、ありがとう」
そうやって抱きしめられたら、何も言えないの知ってるくせに。
泣くなんて格好悪いことしたくなかったのに、
どうして、どうして涙が溢れる。
『見て見て、悟空色』
そうやって、ランプを掲げたが。
自分も光になれるんだと教えてくれた。
今までの自分のための中に少しだけ、誰かの為と言う言葉が芽生えたから。
「ん〜辛気臭いの嫌いだけど、贈り物くらいは良いかな」
「俺はちゃん自身がいいんだけど?」
「死ぬか?」
「その距離は当たる・・・・」
「前々から何かあげたいなって思ってて、お店回ってたんだ」
そう言って引き出しを開ける。
中から出てきた大小様々な箱。
寂しくないわけじゃない。
けれど、知っているから。
自分のように、やりたいことがあること。
「これは悟空に。いっつも癒してくれてありがと」
金色のバングル。
シャランと音のなるそれは、太陽の色。
「三蔵の色だ・・・・」
「あたし的には悟空の色なんだけどね」
「さんきゅ」
「いいえ。邪魔だったら如意棒に飾っといて」
そう言ってもう一度抱きしめて、今度はタバコをふかす両者の下へ。
どうぞと渡した箱からは、
紅の石が嵌ったハードな指輪と、
アメジストが嵌ったシンプルなネックレス。
それから、色違いのストライプが入った携帯灰皿。
「ありきたりなものでゴメンね」
「ふんっ」
「いいじゃん」
「邪魔にならなさそうなものって考えたらそれしか思い浮かばなくて」
「嬉しいぜ?」
ぎゅっと抱きつくの専売特許を奪って、耳元で呟いてやれば、
真っ赤になるのは目に見えている。
それから、はりせんが炸裂されるのも。
「ってぇ!!」
「聞こえんな」
「ってめっ!!」
「まあま。向こう行って、邪魔だって捨てないでよ?」
「保障はせん」
「絶対捨てないって」
「大事にするからな」
「じゃ、すねた保父さんにも渡してくる」
「襲われんなよ?」
へへと笑ってリビングを後にした。
各々が貰ったものを身に着けて一息。
もう、さよならだ。
明日の朝は早いと彼女は言ったが、それ以前に3人ともここを立つ気でいた。
『ありがとう』
そう言った彼女を胸に焼き付けて、自分達もありがとうを返したい。
もしも彼女を見送ってしまったら、無理やりにでもこちらの旅に引き込んでしまう。
そんな危惧を、少なからず持っていたから。
「八戒?入るよ?」
返事を待たずに扉を開ければ、ベッドに腰掛ける青年。
その表情に笑顔はない。
「何の用ですか」
「記念品贈呈の用」
「え?」
「3人には渡してきたからね」
はいっと渡された箱を恐る恐る開ける。
本当はもう怒ってなどいなかった。
自分でもどうしようもないことが解っていたから。
出てきた翡翠のピアス。
「カフスが少しでも軽くなるように」
「・・・・ありがとう・・御座います」
それから、オルゴール。
それは、毎朝がかかさず聴いている曲。
「八戒、この曲好きだって言ってたでしょ?」
「わざわざオルゴールに?」
「あのね・・・・ホントは皆の記憶がなくなること知ってた」
「それは・・・」
「本当。最初に菩薩が来た時に聞いてたの。だから・・・・」
「覚悟をしなければならなかったんですね?」
忘れてしまう自分達よりも、忘れられる彼女の方が、よっぽどつらいに決まってる。
それは、安っぽい感情ではなくて。
ぽろぽろと、しみを作っていくベッド。
八戒は知らず知らず、を抱きしめていた。
アタタカイ。
「すいません」
「いいよ」
「ありがとう御座います」
「どういたしまして」
「癒されてたのは、ボクの方です」
「うん」
額にキスを送ることを許してくれた。
唇はまた今度。
そう無言で笑って。
次の日の朝、起きてみれば隣に青年はおらず、
リビングにも座敷にも、人がいた痕跡すらない。
「ちぇ。先越されちゃった」
机を見れば、ありがとうと四者四様に書きなぐった紙と、
4つの石がはめ込まれたロケット。