なんだかむかむかが止まらなかったから、

吠登城の中を、どっすんどっすん足音を立てて歩いている

侵入者だとか言いつつも、

触れてはいけないオーラを感じ取ってか、妖怪達も襲ってはこない。




「何が暇だったからよ」




某鬼畜生臭坊主並の青筋を立てて、

見知っている場所へと急いだ。

早く帰って、誘導尋問を再開して、絶対に思い出させてやる。

聞こえてくるへらへらした笑い声。

扉をばったんとそりゃもう物凄い勢いで開けて、

机の上に脚を放り出しているその男の隣にふんぞり返った。




「観世音菩薩様から烏へ有難いお手紙!!」




ニイ・健一の前に手紙を叩きつけて、

サッサと読めと眼で訴える。




「カラス?」

「何?おばさん知らないの?」

「おばっ!!」

「この人、烏こ・・っ!!」

「ん〜ボクに用なら、部屋にでも行こうか」




口を押さえられた呼吸困難状態でずりずりと引きずっていかれる。

ぱたりと今度は静かに閉まった扉。

その腕に抱かれたウサギのぬいぐるみは、未だ健在だ。

こいつ等は、この男の正体を知らないのだろうか・・・・。




「で、君は?」

。神様のしがないお使い」

「あっそ。どうでもいいけど、君、帰れそうにないよ?」

「は?」

「ほおら」




ひらつかせ手紙。

しばらくこいつを捕獲しとけと書きなぐられた紙。

ぴきっと、少し収まった怒りのマークがまたもや浮かび上がった。




「今度会ったら殺してやる」

「いやあ、神様ってホントにいたんだね」




どうやら、自分が彼を三蔵法師として認知していることはどうでも良いらしい。

へらりへらりと掴めぬ笑みは、嫌いではない筈。

しばしの無言の時。

それを切り裂いたのは、他でもない、の声だった。




「烏!!」

「その烏って正直好きじゃな・・」

「いや、あんたの事じゃなくて」




指差した先は、窓辺に止まった本物のカラス。

真っ黒な羽をばたつかせながら、ぎゃあすぎゃあすと哭いている。

どちらかというとおぞましい雰囲気だ。

彼の部屋だからと言うのもあるのかもしれないが。

しかし・・・・・。




「カぁワイイvvvv」

「・・・・・・・どの辺りがか詳しく聞きたいね」

「え?可愛いじゃん。ぴょこぴょこ歩いてく姿がたまんない!!」

「肉をもの凄い勢いで啄ばむのに?」

「それは生きるためなんだから別。こっちおいで?」




敵と言うより、妖怪でないものがこの城にいること自体おかしい。

なのにこの順応性はなんだろう。

そして、受け入れてしまっている自分は?

カラスに向かって手を伸ばす少女。

くくっと笑った後、それを追って、窓辺へと移動した。



いつか自分が食われるため。

今を自分が生きるため。

どっち?

色々と抜けているのか、それとも頭が良いのか。

だから、自分の満足できる答えを、もしかしたらくれるのかもしれないと、

少しばかり、期待してみたりしたのだ。




「面白いこと知ってる?」

「はい?」

「面白いこと」

「難しいことの間違いじゃなくて?」

「っ面白いことだよ」




そう。

自分を楽しませてくれるくらいのモノ。

色々と習得して、三蔵法師にもなって。

月と賭けもした。




「莫迦になること?」

「は?」

「努力したって、莫迦にはなれないよね」




莫迦の世界観。

今まで見下してきた世界へ行きたい。

それはどうしたって無理なお願いで。




「あ、でも、天才になって、莫迦になる薬でも作ったら別なのかも」




難しいとされてきたことを望んだ。

何をしてもつまらなかった。

ただ楽しむことしか知らない莫迦になれたら。

そんなこと、願いもしなかったけれど。




「ん〜君、面白いね」

「あたしが?なんかニイ博士に気に入られるの怖いんですけど」

「そうかな?」

「色々といじくられそう」

「してみようか?」

「ヤメテクダサイ」




彼女が欲しいと、少しばかり芽生えた感情に、嘲笑をもらす。

珍しいことのこの上ない。

三蔵一行の連れだから、あの川流れと共に在るなら、

いつでも会えると判っているものを。




「そっか!王子様!!」

「何?急に」

「早く4人のトコに帰って誘導尋問しなきゃだからね」

「誘導尋問?」

「こっちの話。足出してくれるかなぁ」

「ボクが連れてってあげようか?」

「遠慮します。それより休んだら?研究におばさんの性欲処理に大変でしょ?」




休息は必要ですよ。

と笑いながら、いつの間にか飛び去っていたカラスを見送って、

また机の方へと移動する。

は、そのまま机をスルーして、出口に向かったのだけれど。




「おばさんって黄博士のこと?」

「まさか。自称牛魔王の正妻です」

「玉面公主様?」

「そうそう。じゃ」

「ストップ」

「何?まだ何か用事?あたし早く帰りたいんだけど」

「月と闇、飲み込まれるのはどっちだと思う?」




漫画で見知ったその問い。

彼の求めてる答えだとか、そんなことどうでも良かった。

けど、自分はそうじゃないかなと思っただけ。




「別にどっちでも良いんじゃない?」




ひらひらと手を振って、扉の外へと消えてゆく。

欲しいと思った言葉や人は、

皆自分の手から零れ落ちてゆくのに。

今も輝いているお月様や、それに向かって飛ぶカラス。




「賭け事の対象にすらなりえてないわけか」




クツクツと笑うその姿を照らし出す月は、

もうすぐ闇に飲まれる。

けれど闇を飲み込むくらいの月を知っているのも事実。




「欲しいなぁ」




次に昇る太陽は、どちらも飲み込んでしまうけれど。

それすら心地いいと思える君が。

心底欲しいと思った。