ホグワーツ魔法魔術学校に、異例の編入生がやってきたのは、

木枯らしの吹く、冬間近のことだった。




「彼女が新しく仲間になるじゃ」

「よろしく」




視点は何処にも定まっていない。

其処にいるようで、何処にもいない。

そんな子。




はグリフィンドールに入ることになっておるからの」




そういって促された彼女は、

一切の雑音を立てずにグリフィンドールの席に着いた。

校長は二言三言話して自分の席へと赴く。

いつもと違う、夕食の時間。




「あの子、おもしろいね」

「はぁ?お前、目、大丈夫か?あんなののどこが面白いんだよ」

「面白いじゃないか!これだからへたれ犬は困る」

「っおい!!」

「面白いかどうかは別にして、興味はあるよ」

「流石リーマス!!話が分かるな!!」




沈んでいるシリウスをピーターに任せて、

2人は意気揚々と転入生の話にいそしんでいた。

その転入生が、豪華な夕食に一口も手を付けず、

大広間を出て行ったことを知る由もなく。












は湖の近くに佇みながら、

今、どうして自分がこんな所にいるのかもう一度考えてみた。

両親が許すはずがない。

ダンブルドアの説明するこちら側の世界を思い出すのであれば、

自分の両親は、そう。

生粋のマグルだ。魔法使い嫌いの。




「普通じゃない基準って何なんだろうね」




誰に問うでもなく、湖に消えていった言の葉。

ざくりという足音が聞こえて、

は振り返ってしまっていた。

すぐに後悔したのだけれど。

目が、あってしまったから。




「こんにちわ・・・」




もうこんばんわの時間かな。

と、どうでもいいことが頭を過ぎる。




「転入生か」

「・・・・・貴方は?」

「グリフィンドールなんかに親しくされる覚えはない」

「そう」




自分は嫌われているんだな。

と思った瞬間、はその人物を視界から消すことにした。

向こうにとってもそれは有り難いことになるのだろうと。

黒髪黒目の彼が、目を見開いたのに気付いたのか気付いていないのか。



視界の端に新たな影が現れる。

複数のそれにため息を漏らして、

は湖の淵から立ち上がった。

大勢と群れるのは好きではないから。




「転入生とスニベリーが何故一緒にいるんだい?」

「ポッター、お前には関係のないことだ」

「おい、早く終わらそうぜ」

「うるさいなシリウス。ちょっとは空気ってものを読めないの?」




自分には関係のない会話だと、思考に終止符を打って、

はすたすたと城への帰路を辿っていく。

不意に後ろへ引かれて、転ぶのは直ぐのことなのだけれど。




「わっ」

「ごっごめん!!そんな強く引っ張ったつもりじゃなかったから!」

「いえ。で、離してください」

「どうして?ボク等は君に用があるんだ」

「私はない」

「へ?」

「話ぐらい聞けよ。常識ってもんがねぇな」

「シリウス!!」




!そうじゃないでしょ!」

「こういう場合はこうだと何度言えば分かるんだ!」

「挨拶して」

「お辞儀は会釈の角度でな」

「そんなことも分からないのか」

「いつまでたっても覚えないのね」

「言った通りにだけしてればいいんだ」



ああしなさい。こうしなさい。

こうでなければならない。

ああでなければ間違い。

聞き飽きた言葉が頭を通過して、

今まで握られていた腕を、振り払った。




「常識って何?」

「は?」

「常識の定義って何?」

「普通はこうするってことだろ」

「普通って?」

「そんなことも分かんねぇの?」

「普通って何?皆が考えてること?じゃあ、皆って誰?」




答えられなかった。

何故かまだ其処にいるスネイプも、

口では負けなしの悪戯仕掛け人も、

の問いに。

シリウスは半開きの口を閉じることも出来ず。




「ああしろ、こうしろ。もうウンザリ」




言外に関わらないで欲しいと込めた。

嫌いだ。










その日から、は1人で学校生活を送るようになった。

両親の言う"変"なところでも又、

普通だとか、普通じゃないとか、

そういう言葉の押収だったから。

自分はここでも異端児と呼ばれる存在なのだと理解して。



初日に、好奇心からだろう、声を掛けてきた面々も、

自分に近寄らなくなった。

ただ、分からないと言ってくれれば良かったのに。

自分達が、言葉の周りに出来た定義の世界で生きているって、

分かってくれれば良かっただけなのに。

分かっている振りをするのは大嫌い。




「だから"変"なのかな」




今日はホグズミードの日。

3年生以上が赴くことの出来る、魔法使いの村だと、

ダンブルドア校長が言っていた言葉を思い出しながら、

は本を抱え込んで、

人っ子一人居ない図書館の机へと移動した。




「あ」




間抜けな声を出してしまったなと思いながら、

こんな状況では出さずにいられなかったと言ってもおかしくないであろう。

向こうは至極驚いたような、怒ったような、

よく分からない表情でこちらを見ている。




「そこ、良い?」

「別に」




隣の机を指させば、答えが返ってきて安堵する。

それから暫くは沈黙が続いた。

かりかりと羊皮紙に羽ペンを走らせる音と、

本のページを捲る、紙の擦れる音だけが響く。




「・・・・・・・だと思う」

「え?」

「この前のことだ」

「この前のこと?」




自分に話しかけられていると分かったのは、

ほとんど彼の話が終わった後で、

椅子2列挟んだ向こう側から、また、あのよく分からない目で見られた。




「ゴメン。聞いてなかった」

「普通の定義というやつだ」

「考えて・・・・くれてたの?」

「っああ」




興味がわいただけで。

ただ、自分の聞いたことがない問いだったから、

答えを見つけたくなったのだ。薬学のように。

見つかるはずなんて無かったけれど。




「で、どうだと思った?」

「不本意な答えだな」

「納得いかないって事?」

「人それぞれ基準が違う」

「そう・・・だね」

「っ!答えのないモノは嫌いだ」




目を、そらさざるを得なくなった。

目の前の彼女が、とても綺麗な、見たこともないような、

そんな、笑みを浮かべていたから。



多くの人は、普通と安易に言うけれど、

その基準値が全く持って異なることを、

だれも考慮に入れていない。

質問の答えもイエスなのだろう。




「お前は、どうしてそんな事を・・」

「考えたのかって?」

「・・・・・・」

「悟りを開くのに似てる」

「悟り?」

「東洋の宗教絡み」

「聞いたことはある」

「凄いね」

「別に」

「ふって思っちゃったの。
どうして私、両親がこうしろっていうことに、なんの疑問もなく従ってきたんだろって」




スネイプはそこで納得した。

自分がこのグリフィンドールなんかの転入生に興味を抱いた理由。

自分もまた、両親の引いたレールを踏み外した1人だからだ。

それでも固められた言葉の世界を抜け出せないバカもいる。

目の前の少女と同じ獅子寮の、黒髪の青年を思い浮かべ、

心の中で嘲笑してやった。




「お前とは話が合いそうだ」

「最初は嫌われてると思ってた」

「グリフィンドールと言うだけで虫酸が走る」

「そういうものなんだ」

「ボクの中では」

「貴方の中では」




お互いに顔を見合わせて笑った。

自分の世界では。

他人に干渉されようがされまいが、

自分の言葉の定義の中では。




「お前がボクを無視したときは驚いた」

「だって、嫌われてるなら、関わる必要ないでしょ?」

「まったくもってその通りだ」

「ね、名前、なんていうの?」

「セブルス・スネイプ」

「セブルスか。私は

「言葉の世界が似ていた」

「それだけの仲」




2人はもう一度顔を見合わせて、

また、笑った。