なんだか奇妙な2人の生活は、
あの日から始まることとなったのだ。
がんがらがっしゃん。
凄まじい音と共に跳ね起きたは、
いつも隣にいる筈の鷹がいない事に気付くとすぐ、
猛奪取でキッチンへと駆け上がっていった。
「ミホーク!?」
危うく机にぶつかりそうになって急ブレーキ。
目の前は、嗚呼、仕事が増えてしまったと思わざるを得ない状況で。
何を作ろうとしたのかは判りかねるが、
色んなものが混じっているのであろうどろどろした何かや、
ガラス製のボールが、見るも無残な姿で転がっている。
「ご飯は作るから。ね?」
「すまぬ」
「どうして謝るの?誰だって得手不得手はあるよ」
次の島まで乗せてもらっているわけだし。
笑顔で言うを、苦々しげな表情でミホークが見ていることなど、
露ほども感じてはいないのだろう。
キッチンからミホークを追い出すと、すぐさま片付けに入った。
朝餉を食さなければ不機嫌な鷹の目を知っているから。
簡易ではあるが朝餉が出来上がったころ、
向こうの方に見える陸地の影。
それに逸早く気付いたのは、意外にものほうだった。
「島だ!」
「・・・・・」
「これでもう、ミホークに迷惑かけなくてすむね」
「・・・・・」
「寝床や食事まで提供してもらっちゃって。ホントにありがと」
迷惑をかけていたのはむしろこちらだと、
口からついて言葉が出ないミホークは、やはり歪んだ顔のまま。
されど美味い朝飯を口にすれば、自然とほころんでいくもので。
どうやってをこの船に引き止めておくかなどと、
彼にしてはかなり遠まわしな考えが、頭の中をぐるぐる。
「ミホーク?ミホーク!」
「なんだ」
「島、着いてるけど、どうしたの?」
いつの間にやら岸辺に乗り上げていた船にため息をついた。
何をしているのだ。
大事な大事な船を・・・・。
それよりも大事な者を考えていたのだから致し方ないのかもしれないが。
それじゃあ、といいかけたを、無意識の内に引き止めた腕。
「なに?」
「町を見てくる。治安が悪そうなら次の島にしろ」
「ミホークがそこまでする事ない」
そう言われて見ればそうかもしれない。
もう少し自分に考える時間が欲しいだけだから。
内心あせっている自分に気がつかないのか、
何も言わなくなったミホークをしばらく見て溜息をついたは、
降りようとかけた足を、船内へと引き戻した。
「じゃあ、待ってるね」
「・・・・主は行かぬのか」
「だって、戦えないし、脚も、遅くはないけど男の人よりは遅いし」
「気にする必要はない」
「でも待ってる。これ以上、足手まといにはなりたくないから」
治安確認お願いしますと頭を下げたを、
やはり眉間にしわを寄せてしばらく見つめた鷹の目は、
くるりと振り返ってすたすたと歩いていった。
見えて来た町は、とても活気づいていて、
賑わう市場を見ていると、財政状況も悪い方ではなさそうだ。
くるりと見渡しても、海軍が休む暇なく見回っているというわけでもなし。
船で健気に待っているのであろうを思い浮かべて、
盛大な溜息をひとつついた。
町を大方見回って、とぼとぼと力なく帰路に着く鷹の目の背中を、
いったい今まで、幾人の人が見てきただろうか。
船に近づいてみれば美味しそうな甘いにおい。
ひょこりと顔を出して手を振るに、自然と笑顔になれる。
「どうだった?」
「うむ」
「うむ?」
「・・・・・・・後ろのそれはどうした」
「ミホークのお客さんでしょ?」
アイマスクをして床に寝転ぶ大将をそれと罵って殺気を放つ。
に手を握られて、すぐに引っ込める羽目になったのだけれど。
「ほら、お茶の用意もしたから。町のことは後で聞く」
「あんなもの拾うことはなかった」
「仮にも大将なんだから。クザンさん、ミホーク帰ってきましたよ」
ミホークを椅子に座らせたは、床に寝ている青雉を揺り起こす。
面白くなさげにそれを見やり、とりあえず淹れてくれていた珈琲と、
ジンジャークッキーに手を伸ばした。
「何用だ」
「召集状。届けに来ただけだから」
「何故お前がわざわざ出向く」
「暇だった。まあ、ひとつ目的が足されたわな」
意味がわからんといった表情をしたミホークに笑みを残し、
珈琲を一口飲むと、甲板へと上っていく青雉。
のいる甲板へと。
「あんた」
「です。何ですか?クザンさん」
「。大将専属の給仕やらない?」
「はい?」
「無理な相談だ」
「あらら。鷹の目のものだったわけ」
「へ?」
「判ったらさっさと帰れ」
「はいはい」
なにやら訳の判らぬままに会話が進み、
ミホークの腕の中で青雉を見送ったは、
未だにミホークの腕に抱かれたまま、甲板にたたずんでいた。
「ミホーク?」
「なんだ」
「そろそろ離して」
「・・・・・・・・・」
「ミホーク!」
「ならぬ」
「なんで?」
「俺が落ち着かん」
「我侭」
「今に始まったことではなかろう」
ひょいっとを抱き上げたミホークは、そのまま船内へと入る。
すでに冷めてしまった2つの珈琲と、綺麗にクッキーが盛られた皿。
片付いたキッチンと船室は、幾週間か前の面影を微塵も残してはいない。
椅子に座らせた後、カップを割らずに水ですすぎ、
新しい珈琲をポットから注いだ。
「町はどうだった?」
「まだ聞くか」
「言ったでしょ?私戦えないって。ミホークの足手まといにはなりたくない」
「俺が切る」
「・・・・・・家事しか出来ない」
「俺は家事が出来ん」
「・・・・・・」
「この船に乗っていろ」
本当に真剣だった。
持って行かれると思ったら身体が勝手に動いたくらい。
じっと見つめるこちらとは違い、は下を向いたまま。
かちかちと以前は見なかった時計が時を刻む。
「迷惑かけまくっても知らないからね」
「構わん」
「途中で降りてなんかやらないし、それに・・」
「ずっとここにいればいい」