その日も、りんっと鳴り響く天秤を頼りに、

辿り着いた、小さな町。

いるのは分かるのに、何処にいるのか見当も付かない。



霧濃く流れる、町の中で、

ぼおっと明かりの灯っている宿らしき場所の扉を引いた。




「なんだいあんた」

「ただの薬売り、ですよ」

「こんな町に、珍しいねえ」

「お宿を一晩、御願い、したいのですが」

「もう、満室なんだ」




番台も閉める筈の時間。

お客が喜ばれるわけもなく。

満室なら尚更のこと。




「この町のお宿は、ここだけ、ですかい?」

「そうだよ。ま、あんたがあやかしやものの怪の類なら、
話は別だろうがね」

「どういう、意味で?」

「町はずれの社へ行きゃ分かるよ」




それはどうも。

口から滑るようにでた御礼の言葉と共に、

宿の扉を後にする。

そういえば、来る途中、

石の階段が何処へと続いていた気がしないではない。




「行って見るしか、ありませんね」




からんころんと下駄を鳴らして数分進めば、

見えてきた鳥居と、石の階段。

冷たい階段。

息をしていない階段。

りんっ。

と天秤が鳴る。




「こりゃあ・・・・」




真っ赤な真っ赤な、血で染まったような、

鳥居の向こうで、

尾が九本垂れた狐を撫でながら、

子守歌なぞ唄っている、少女が独り。

隣でつかれている鞠は、独りでに、音を奏でる。




「珍しい。人の形をしたお客さんなんて」

「・・・・・お宿を一晩、御願いしたいんですがね?」

「良いよ。ここは宿だもの」




目も上げずに、言う。

その声は、そこにあるようでないようで。

けれども彼女は、人、なのだろう。

天秤が喧しすぎて、分かりやしない。




「あやかしと、ものの怪、の、ですかい?」




そこでようやく、少女、いや、女、か。

が、顔を上げた。

肩上で切り揃えられた黒い髪。

肌は日に当たっていないせいか、

陶磁器の様に白い。

瞳は、紅く、輝いていた。




「そうゆうお兄さんだって、人の形をした人でない異形のモノでしょ?」

「私はただの、薬売り、ですよ」

「あっそ」




するりと腰を上げて、こっちへどうぞと誘われる。

霧が掛かってあまり見えなかった着物。

藍と菖蒲と金色と。

朝焼けを身に纏っていると、想った。




「夕餉、食べるよね?ちょっと待ってて」




あてがわれた部屋は、いつもの部屋より幾分も豪勢で。

先程から、天秤が五月蠅い。

けれども、いつものような、

恨み、憎しみ、怨念。

を感じられない。




「こりゃあ、少し、厄介、ですね」




独り言は、畳と床と壁に吸い込まれて消えていった。

ただただ天秤が、

鳴り、

響く。