「夕餉、出来たよ」
「有り難う御座います」
暫くして運ばれてきたものは、
湯気を立て、食欲をそそるに十分な香りを、
部屋一杯に拡げている。
「ここは、お一人で?」
「それ以外の何に見えるの?」
「そうですね」
とたとたと、走ってくる音がする。
子供の、笑い声。
ざあーーーーーっ。
「雨、」
「ここだけね。ほら、外で遊んどいで」
きゃははは。
ぴたりっ。
「その形、雨童」
かちんっ。
「切ろうとしても、無駄だよ。ただの、薬売りさん?」
「真と理、お聞かせ願いたく候」
「真とは」
「事の有様」
「理とは」
「心の有様」
「それじゃあ、モノノ怪、とは?」
「ヒトの・・」
「違うね」
「?」
「モノノ怪も、あやかしも、彼等がそうありたいと願った形」
「貴方は・・・・一体・・・・」
「薬売りさん、貴方が名前を名乗らないなら、
私だって名乗る義理はないでしょ?」
かたかたと、障子を鳴らす、風の音。
「貴方が薬売りさんなら、私は女将さん。だね?」
「そう、です、ね」
「箱の中で鳴ってるモノは何?」
「天秤、ですよ」
「見せて貰っても?」
「ええ」
自らの、真と理を、壊された気がした。
気がしたのに、宙に浮く、感覚。
感じたことのない、理。
それが、心地よくさえ思える。
「可愛い」
「気に入られたようですね」
「嬉しい」
白い、華が。
飛んだ。
「この子も苦労してそう」
「視えるのですか」
「なにが?」
「いえ」
「ただ、みんなと同じね。脈が聞こえる」
人とは違う、耳、を持つ、女将さん。
「真と理を聞きたがってたよね?」
「聞かせてください」
「此処にいる子達は、絶対に切れないから、教えてあげる」
「?」
「理はあの子達それぞれだからね」
「というと?」
「真はみんな一緒。行くところがないから」
かちんっ。
「総てを、受け入れるのですかい?」
「私が、そうしたいと願うから、此処は宿になるの」
また、白い、華が、飛ぶ。
「でも、1つだけ言えるのは」
「言えるのは?」
「この子が感じ取ってるのが、別の脈だって事」
女将は、左手の指先でゆらゆら揺れる天秤を、飛ばした。
下町の何処かに、
まだ、モノノ怪がいるということ。
「それを切るまでは進めないんでしょう?」
「でしょうね」
「町の宿がいっぱいなら、いつでも来たら良いよ」
「そりゃあ、有り難い」
「此処はね、誰をも拒まないから」
また、白い、華が、飛んだ。