用意されていた朝餉を食し、
五月蠅い天秤を黙らせるべく、
石の階段をからんからんと降りて行く。
自分は、飄々と、生きていく。
そうして、関わりも、さらりと紐解けるように・・・。
と。
なのに。
「行ってらっしゃい」
また、会うと分かっているような口調で。
からん。
「らしく、ありませんねえ」
背負われた刀が、
鳴いた気がした。
「おや、昨日の薬売りじゃないか」
「どうも。薬など、御入り用では、ありませんかい?」
「御客の中に、冷え性の方がいらっしゃったねえ」
「そりゃあ、良く効く薬がありやすよ」
「それよりあんた、昨日一体何処に・・」
「こちらなんて、どうですか?」
からん。ころん。
「こんな薬も・・」
からん。ころん。
「御座いますが、」
からん。
「おや、神主様。今日は早いね。市場はまだだよ」
「ええ。知ってます。少しばかり、散歩に」
りんっ。
かちんっ。
ごとごと。
「なんだい?何か飼ってるのかい?」
「まあ、そのようなもんです」
「それでは、良い1日を」
「神主様もね」
からん。ころん。
知りたい。知りたい。
知らなくても良いのに。
口から、ついて出るのは、自分の声。
「あの方は・・・・?」
「神主様。この町を守ってくださっているんだよ」
「というと?」
「彼女が来てから、疫病も、凶作もなくなったのさ」
「それはそれは」
「怪を祓う、真っ藍な瞳さね」
「藍、ね」
「薬の御代は此処に置いとくよ」
「また、御贔屓に」
薬箱を背負うと、駆け出してしまいそうな足を留めた。
「あやかしか、モノノ怪、か」
彼女の通った跡に、白い花が、飛んで、いる。
それを辿っていけば、必ず彼女に行き着くのだろう。
静かなる町の朝、自分も下駄の音を響かせて、
ゆっくりゆっくりと歩を進めた。
「何が、ただの薬売り、ですよ。だか」
やたら懐いてしまった九尾の狐を抱きかかえ、
目の前の廃屋を見つめる。
退魔の何かを所持しながら、
あの宿へとなんの戸惑いもなく訪れてくる辺り、
切るモノなのだろう。
「さ、宿へお帰り。お前は見なくて良いモノだから」
寂しそうに鳴く狐の背を押して、
目の前のナニカに向き直る。
生きたいところを忘れてしまって。
行くところも失くして。
だったら、うちへおいで。
「恨み辛みは一時忘れて、お宿で一晩、休みなさい」
声なき声が、唸る。
「明日もまた、来ましょうね」
また、唸る。
「それ以上、入らない方が、身の為、ですよ?」
「心配してくれるの?ありがとう。でも、要らない」
「女将さん。いや、神主さんと呼んだ方が?」
「どっちでも。貴方が薬売りか飴売りかくらい、どうでも良いことだから」
唸りが、消える。
「嗚呼、薬売りさんが脅かすから」
「モノノ怪は、切らねばなりません」
「それが貴方の真?」
「でしょう・・・ね」
狐が一声、鳴いた。