昼餉も食し、
2度目の夕餉も終えて、
彼方と此方が融け混じる頃、
薬売りは、商売道具を担いだ。
きゃははと近くで、子供の声がまた。
「行くんだ」
「御世話になりまして」
「心にも思ってない言の葉なんて要らない」
「こりゃあ、手厳しい」
やっぱり、赤い。
瞳。
「貴方の眼は、何をも見通しそう」
「そんな大層なもんじゃ、ありませんぜ」
「そうかな。だったらどうして、私の瞳が赤いと思ったの?」
「そりゃあ・・・」
本当に赤かったからとしか言いようがない。
「私を一緒に連れてって」
「それは出来ない相談で」
「切ることの邪魔になるから?
それとも、その剣が私を嫌っているから?」
そういえば、子供の笑い声も、
昼間連れてこられたあのモノノ怪の鳴き声も、
聞こえない。
何故。
「我が儘でね。もう要らないから捨てちゃった」
嘘だ。
何も言わずに背を向けた。
何も言わずに歩き出した。
からんころんと下駄が鳴る。
「私がモノノ怪だったら連れてってくれた?」
「!」
「薬売りさんでも、そんな顔するんだ。嘘だよ」
「私も修行が足りません、かね」
「連れてって」
「聞けない相談だと・・」
「そう。それじゃあ、勝手に後ろを歩いていくから、気にしないで」
さあ、お先にどうぞと促される。
そんなこと言われて、歩けるはずもなく。
そもそも、こんな旅路に着いて来たいなんて・・・・。
此処で振り切ることも出来るのに、
そうしない理由は、なんだろうか。
モノノ怪の真と理を求めて行く旅路。
己の真と理を求めて彷徨う旅路。
「どうしても、と?」
「どうしても」
貴方に着いて行けば、分かる気がした。
必要とし、される事が、
本当はどんなことなのか。
神主様と塗りたくった顔を、
一度捨てなければならない気がした。
私は一体、何度顔を捨てるのだろう。
これじゃあ、まるでのっぺらぼう。
「困った女将さんだ」
溜息をついて、笑った自分に驚いた。
彼女の持つ、真と理を、知りたくなったのだろうか。
からんころんと、2つの下駄が響く。
背から、押し殺したような笑いと共に。
「なに、か?」
「薬売りさんも、ヒトなんだなって」
「私はただの、薬売り、ですよ」
「薬売りは人かそうでないかなんて答えてない。
貴方は人ね。人間くさくて、とても好き。今の貴方、とても良い」
「あまりそう言われると、照れますよ」
言われ慣れてる癖に。
と、1段飛ばしで駆けていく。
名前も知らない女将さん。
旅は道ずれ世は情け。
と言ったであろう。
飽きれば直ぐに、離れるだろうと、
その時は、思っていたのだ。