ばたんっと力強く扉を閉めて、ずるずるとへたり込む。



「あーもーくっそーーー」



何故、あの道を通ったのだ。

よくよく考えれば、任務終わりの風間隊と鉢合わせすることは分かった筈だ。

菊地原が、思ったことをそのまま言葉に乗せる子だとわかっていたし、

スポンサーに対して評判がよくないのも知っていた。

口説き落とすのに1か月かかったのだ。

これで、彼らの訓練室が、ワンランク良いものになった筈だったのに。



ぽたり、ぽたりと、琥珀色の飲み物とは、別の雫が、床にシミを作っていく。

嗚呼。ダメだ。

戻れそうにないです。唐沢さん。














あの後、菊地原は唐沢さんに事情を話すために連れていかれた。

隊長として自分も同行すべきだったのだろうが、

唐沢さんに拒否されてはそれもかなわず。

今、自分は、おそらく余計なことをしようとしている。

目の前にある扉をノックして、返事を待った。



「珍しいな。風間がB級の作戦室に来るなんて」

「風間さんだ!」

「どうしたんですか!」

「ちょっと、東さんにお話しが」

「出ようか。2人とも、作戦会議の続きをしていてくれ。人見、頼むぞ」

「人見、了解。ほら、続き続き」



後ろ手にしまった作戦室の扉。

風間は、再度、深呼吸をした。



「実は、菊地原が、少しやらかしまして」

「ふむ」



何のことだろうと思った。

こんな勤務時間中に、こいつが自分の隊室まで来ることなどなかったからだ。

話を最後まで聞き終われば、その理由に合点がいったのだけれど。



「それで、さんは服をどうにかするためにその場を去った。と」

「はい」

「何故、俺に言おうと思ったんだ?」

「いや・・・心配かと・・・・」

「そうだな。そんな心配をしていたら、俺は任務どころじゃなくなるし、さんは仕事どころではなくなるな」

「でも、恋人、なんですよね?」



恋人だし、愛してもいる。

だけれど、俺が部屋に行くことを、彼女は是としないだろう。

そうゆう、女性なのだ。



「言い方が悪かった。教えてくれたことには感謝するよ。ありがとう」

「行かないんですか?」

「行かないよ。怒られるしな」



自分には理解できないことだった。

経験が豊富な訳ではないが、こうゆう時、女性は誰かに傍に居て欲しいものなのではないのか。

余計なことだとは思っていたが、自分にできることといえば、これくらいしか・・・。



「でもまあ、」

「?」

「今日の報告書を提出にはいかなきゃいけないから、少し、見てくるよ」

「お願いします」
















「そろそろ、もどらないと」



ドアの前にへたり込んでから、軽く30分は経過している。

べとべとになった髪の毛に手を通し、まずは、シャワーを浴びるところからだな。

と、仮眠室へ向かおうとした時だった。

ノック音が響いたのは。



さん?報告書、持ってきました」

「扉の前に置いておいてもらえる?」

「どうかされたんですか?」

「ちょっと今すぐに扉を開けられないところにいるから、申し訳ないんだけど」

「・・・・・・・・・・・・」



この男は、タイミングがいいのか悪いのか・・・。



「人がいないのは確認してきたから、開けてくれ、

「ダメです。そこに報告書を置いて戻って頂戴。東君」

「(頑固なところは治らないな・・・)」

「(諦めてくれたかしら・・・)」

「無理にとは言わないが、のせいじゃないから、気にするなよ」

「っ・・・・・」

「報告書、置いておく」



何故、知っているのとか、

タイミングが良すぎるんじゃないのとか、いろいろ言いたい言葉はつっかえて、

代わりに、伸ばした手が、カギを、開けていた。

かちゃりと言う、あまりにも弱々しい助けてだが、

東がそれを聞き逃すはずはなくて、必要最低限だけ開いた扉から、の仕事部屋へ、身体をすべりこませた。



「ひどい格好だ。火傷は?」

「大丈夫よ。それより・・」

「風間が俺のところに来たんだ」

「余計なことを・・・」



そういいながらも、素直に腕の中におさまってくれる彼女を抱きしめ、背中をさする。

泣いていたのであろう、赤い瞳には気づかない振りをして。



「叱ってやってくれるなよ」

「叱りませんとも」

「一緒に浴びるか?」

「浴びません」

「手厳しい」

「私の所為だわ」

「違う」

「そう・・・・あんなところで悪態ついた菊地原君が悪いのよ」

「その通り」

「だけど、仕事的には私の責任には変わりない」

「あまり追い詰めるなよ?」

「仕事って理不尽なものだとわかっていても、ダメね」



マイナスの言葉が零れる唇をふさいで、離す。



「シャワー、浴びておいで」



精一杯の励ましを込めて。