「大体、あの女の態度が気に食わないんですよ」

「菊地原!」

「風間さんもそう思うでしょ?」

「いや・・・」

「昨日だって、ちょっと時間過ぎただけなのに、あんな怒鳴り散らしてさ。頭おかしいんじゃないの?」

「時間に遅れるほうが悪いんだろう?」



ボーダー基地内を歩きながら、隊員である2人の会話を聞き流す。

数日前の自分であれば、まあ、上から目線なところは確かに気に食わないな。

などと、返事をしていたのだろうが・・・。

例の泥酔事件があってから、よく彼女を目で追うようになって分かったことがある。

1つ。隊員にきつく当たるときには必ず、スポンサーの目があるという事。

2つ。オペレーター含め、女性の隊員からの信頼があついという事。

3つ。東さんの恋人であることを、基地内では微塵も出さないという事。

3つ目に関しては、そうだと知っているからこそ分かるものだ。

だから自分も気づかなかったわけだが。



「文句言うくらいな、遅れなきゃいいだろ?」

「歌川は黙ってて。うわ、見てよ。最悪」



その菊地原の言葉に視線をあげれば、

ついこの間のニュースで、ボーダーのスポンサーになったと報道されていた男性と、

が歩いていた。

どうやら基地内を案内しているだけのようだが、スポンサーの手はいやらしく彼女の腰に回っている。



「ああやって媚びてんだよ?鬱陶しい」

「スポンサーがいなきゃ、俺らは活動すらできないだろ?」

「だから!やりかたくらい他にも色々あるだろって言ってんの」



前から歩いてくる2人を見やる。

菊地原は未だに暴言を吐き続けていて、いつもの自分であれば、特に気にはしないだろうが、

相手がよくない。



「菊地原、もう少し声を・・」

「この子たちも隊員かい?」

「あ・・・・」



声をあげたのは時すでに遅し。

擦れ違いざまに立ち止まって、こちらを見下ろした男が笑っている。

眉間にしわを寄せた菊地原と、抑えるように肩をつかんだ歌川に目線をやって、

がすっと、男と自分たちの間に割って入った。

もちろん、今の今まで抱かれていた手を器用にすり抜けて。だ。



「ええ。A級のとても頼りになる子達です」

「挨拶もできないようじゃあ、たかが知れてるね」

「基地内で緒方様のようなスポンサーの方に会うことは滅多にないことですから」

「隊長の風間と申します」

「こんな小さな子が隊長?」



鼻にかけたような笑いが気に障る。

菊地原の機嫌も底なしに下がっていて、それに気づいたが、一歩そいつに近づいた。



「お言葉ですが緒方様、彼らは本当によくやってくれています。
先の大規模侵攻の時も、彼らのおかげで敵の主戦力をどれだけ押し返せていたことか」

「まあ、その映像でもじゃあ、次は見せてもらおうかな」



再度抱かれた肩にも、いやな顔一つせず、その場を立ち去ろうとする。

嗚呼。これが仕事か。

などと、腹を立てているにもかかわらず、冷静に彼女を見ている自分に、風間は驚いた。

そこまでは良かったのだ。

そのまま2人が遠ざかるのを見送ってさえいれば・・・。



「そんな狸みたいな爺に媚びてなにになるんだよ」



聞き取れるか聞き取れないかの声だった。

ただ、男の耳には入っていたようで、真っ赤に染まった顔で振り向いて、怒鳴りだした。

まずい。まずい。まずい。

菊地原も、届くと思っていなかった声だけに、青ざめてしまっていて、

廊下に木霊する怒鳴り声に、隊員たちが集まってきている。



「なんだこの躾の届いていない隊員は!!」

「すっ、すみませ・・」

「本当に、申し訳御座いませんでした。彼も度重なる任務で少し疲れていただけなんです。
私共の目が行き届いておりませんで、緒方様には不快な思いをさせてしまいました。誠に申し訳・・」

「はっ今更謝ったってどうにかなる問題ではない!こんな口も頭も悪そうな隊員をおいているのがどうかしてる!!」

「市民の安全に尽力してくれている子達なので・・」

「言い訳はいい!」



ばしゃっ。



「資金の話はなかったことにしてもらう」



男が去っていく靴の音。

ぽたり、ぽたりと琥珀色の飲み物が、地面にシミを作っていく音。

ばたばたと、誰かが駆け寄ってくる音。



「何事ですか」

「唐沢さん、申し訳ありません。私の不手際です」

「ちが、おれ・・・が・・・」

「緒方様をお連れするところをもう少し思案するべきでした」

「ひとまず、その恰好をどうにかしてきなさい」



綺麗なお辞儀を残して、彼女は颯爽と廊下を歩いて行った。

熱かったに違いない、その琥珀色の飲み物は、ともすれば菊地原がかぶっていてもおかしくなかった距離だったのに。

咄嗟に背中に庇うように立った彼女の、真意が確かに見て取れたのだ。



「血気盛んで若いのも結構ですが、仕事の邪魔はしないで欲しいね」

「すみませんでした・・・」

「床を掃除しておいて下さい?」

「・・・・・はい」



今ばかりは悪態をつかない菊地原から目線を外して、

風間は、既に歩き去った彼女の、見えない姿を追った。