変えられなかった自分を呪おう。
明日も判らず生きてきた昨日より、
未来のわかる今のほうが、とてもとても苦しくて。
けれども、今を生きる楽しみを奪うことなんて、あたしには出来ない。
「おかえり」
「ただいま★」
「怪我、そんなに酷くないね」
「見に来てくれたんじゃなかったのかい?」
「行ってない」
行けなかった。
「それは残念◆」
頬の傷だけじゃないって知ってる。
知っているから、嘘をつく声が震えていた。
はすぐに視線を携帯へと戻し、
無機質な画面とにらめっこする。
時計の音だけが響く部屋は嫌いだ。
「で、どこまで知ってるのか教えてくれるだろ?」
「なんの話?」
「ボクの怪我の話vv」
「さっき酷くないって言った。ほっぺと打撲だけじゃないの?」
「嘘吐き★」
ヒソカの眼が語っているのがわかる。
ボク等の名前を知っていた君の知識が、
向こうの世界で仕入れたものだとするならば、
説明がつかないだろう?と。
勘が良すぎるのも考え物であろう。
「仮にあたしが知っていたとして・・」
「仮にじゃないよ◆は知ってる。だろう?」
「終わったことは変わらないし」
「ん〜が見に来なかった原因が其れだとしたら、今度から善処する・・・かな?」
「もう、ゴンと以外、戦う気なんかないくせに」
「ご名答★」
自分のためにと自負するココロを途中で止める術を、は知らない。
上気していく頬を隠して、またぷいっと顔をそらした。
大切にしてくれる誰かを好きになる。
違う。
ヌクモリを与えてくれる全てを好きになる。
答える。
特定の誰かのものでなくて、大多数、欲しいものをくれる皆への好き。
「照れてるのかい?」
「照れてない」
「照れてるじゃないかvv」
「照れてないってば」
そんな押し問答がいくらか続いた。
しばらくすればお互い疲れてくるのを知っているから、
自然と言葉はなくなっていくのだけれど。
「で、どうして欲しいのかいってごらん◆」
「え?」
同時に溜息をついて、自分用の温かいココアと、
彼用の珈琲を持っていけば、
ベッドに座り込んだ奇術師からそんな言葉が漏れる。
「別にないよ」
「嘘つき★嘘つきはボクだけで十分だよ?キャラが被るじゃないか◆」
「だから、嘘なんか・・」
「言ってごらん?」
3度目はないのかもしれない。
もしかしたら、エンドレスで流してくれるかもしれない。
そんな事判らないけれど、でも、
つうっと瞳から流れる涙は、何故か止められなかった。
「?」
「言っても・・・いいの?」
「?」
「お願い・・・してもいいの?」
君を規制するかもしれない言葉。
「其れを聞くかはボクが決めることだろ?」
ぽろぽろとこぼれる涙は、
自分のことを穢くて汚れていると罵る君から溢れる、
とてもとても綺麗な結晶。
柄にもなく、そのの姿に見惚れてしまっていたなんて、
気付かれないように、ヒソカは笑みを深くした。
「血を流さないで。
無茶な戦い方をしないで。
怪我もしちゃだめ。それから、それから・・・・」
嗚咽を必死で殺そうとするけど叶わず、
はぺたりと床に崩れた。
ダメダだめだと叫ぶ脳内に逆らって、一生懸命に口にした、
初めてのお願い事。
「2つ目は善処するよ★他は約束できないなvv」
君が君に逆らった、初めての夜。
そんな夜から2ヶ月弱が経った。
はヒソカに引かれて町を歩いているところ。
うっとうしい雨の降る中、わざわざ赴いた理由は、
この先1ヶ月の自由時間を手に入れるため。
3日かけてヒソカから手に入れた初めての自由時間だ。
1つの傘に納まりきらない肩がぬれる。
高級そうなレストランの戸をくぐれば、
自分には縁のない洒落た香り。
「やっと判った。ヒソカが化粧しない理由」
「★」
サービス員に促されて座った席から望める夜景に視線をやりつつ、
着慣れないドレスを翻して、椅子にふんわり腰掛けた後、
乾杯用のスパークリングが注がれる。
透明な沫を通して向かいを見やれば、至極嬉しそうに笑うヒソカが映った。
「お誕生日おめでとう」
一層笑みを深くしてシャンパングラスをかちりと鳴らす。
自分は確か未成年だったはずなのにと思う。
少し口付けてテーブルに戻したグラスの中身が揺れた。
「まさかがボクの誕生日を知っているとはね◆」
「言わなきゃ良かった」
「酷いな★」
「でも、ありがとう」
「何がだい?」
「色々」
君が抗うすべを教えてくれたから。
「ん〜vv」
「なに?変人に見えるよ?」
「いくらボクでも傷つく★」
「嘘。ヒソカは誰の言葉にも靡かない」
君以外はね。
他愛ない会話をしながら、オードブル2品と、
スープを楽しみ、魚料理にナイフを入れようとした其の時だった。
見知った、けれど今は聞きたくなかった声達が、
店のドアから雪崩れ込んできたのは。
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