判ってはいたけど、
やっぱり痛々しい事には変わりない・・・・筈だった。
頬に大きな傷を作ってしまう筈だったゴン。
ゴンからのラッシュを受ける筈だったヒソカ。
「どうして・・・・」
ぞくりと背筋を這う虫は、
自分がよくよく知っているものだった。
予想どおりでないことの恐怖や苛立ち。
ちょこまかとヒソカの攻撃から逃げながら、
もう、開始から何分経ってしまったか判らないほど。
杖術は、あらゆる空気の動きに対して、
何の抵抗もなくなされるもの。
そんな術を使うとの、1ヶ月間の攻防は、決して無駄ではなかったという事。
ぎゅっと、自分の念である人形を抱きしめて、
試合の成り行きを見据える。
原作どおりとは行かぬものの、
やはりヒソカのバンジーガムにひっかかったゴンがダウンするのは、
それからまた、幾らか時が過ぎてからだった。
「負けちゃった」
「おでこ、大丈夫?」
「大した事ない。も、ヨークシンに行くんだよね?」
「うん」
「じゃ、今度会うのはヨークシンだ」
「会えたら」
「ゴン、行こうぜ」
「じゃあね」
敵として、会えたなら、
あたしは君達を殺すのだろうか。
何か通りでない未来を、は始めて想像し、
其の恐ろしさに身を震わせた。
知らない、部分が、苛立ちを、増幅させる。
「どうしたんだい?そんなおっかない顔して」
「おっかないのはヒソカの厚化粧」
「眉間に皺がよってるよ★」
「ヒソカは神様なんて信じないんでしょ?」
「何かの謎賭け?」
「違う。あたしは初めて、今、神様を信じた気がする」
「そんなものいないよ。いたとしても無意味だ」
それは、決まった何かを知らない人の言葉。
無意味かもしれない。
けれどは今、ココロの中で必死に祈っていた。
どうかどうか、自分のようなちっぽけな存在に、未来を惑わされませんようにと。
「早く帰ろう」
こんな、自分の知らないところに、これ以上いたくない。
それが素直な感想だった。
ヒソカの袖を引っ張って、飛行船の乗り場へと急ぐ。
そんなを引き止めたのは、他でもない、ヒソカだ。
「8月30日の正午までって知ってる?」
「知ってる」
「後、1ヶ月以上あるじゃないか◆」
「だから?クロロに7月中旬くらいには帰るって言ってるし」
「そんな約束破っちゃいなよvv」
にんまりと笑って、そんな台詞を吐く姿は、
あまりにも黒髪の彼に酷似していて、
ある意味きっと、蜘蛛の中で一番似通った者ではなかろうか。
そんな考えが、の頭を過ぎった。
「クロロのことキライ?」
「まさか。大好きに決まってるじゃないか★」
「・・・・・・聞いたあたしが莫迦だった。帰ろう」
「ボクの話聞いてたかい?」
「約束で縛られたんだから、帰らないと」
「縛り?」
「ほら、飛行船出ちゃう」
聞こえないように呟いた言葉は、やはりの耳を素通りしたようだ。
約束で縛ったのに、逃げていく人。
約束で縛られて、ただそれにしがみつく事しか出来ない人。
流されそうになる街並みの中での待ち人。
誰かが待っていてくれるなら。
帰らないと。
「珈琲は?」
「ありがと★」
「あたし、ちょっと散歩してくる」
「詰まるかい?」
「大分マシかな。でも、耳鳴りはするから」
「ボクも行こうか?」
「いいよ。平気。ヒソカ、結構疲れてるでしょ?」
気に掛かってしょうがなくて。
だって君は、無関心なボクを知っていながら、
こんなにもこんなにも愛情を注がれている事に気づかない。
気付かない振りをしているのか。
閉まった扉の向こうでふらついたかもしれない。
直ぐ其処の角で倒れるかもしれない。
ヒソカは今しがたの淹れてくれた珈琲を飲み干して、
閉まった扉を再び開けた。
「ふう」
だんだんと夜の睡眠が平気になりつつあった。
何故かなんて自分でも判らないけれど、
近くにヌクモリを感じながら、誰かの心音に耳を傾けていれば、
とくりとくりと、自分と彼だけが時を刻むから。
ただ、やはり閉鎖された空間では息が詰まる。
出来なくなる事はなくなったが、やはり不快感は否めない。
「アイスココア」
「畏まりました」
ウエイトレスに注文をして、座席にもう一度座りなおせば、
ふっとよぎった影。
「独り?合席してもいいかな?」
「連れが来るので。すみません」
「そんなこと言わずに。その彼が来るまででもいいからさ」
色素の薄い髪。
知的さを演出する眼鏡。
日焼けしていない肌。
やわらかな物腰。
唇の織り成す笑みは・・・・・・嘘。
別に害にはならないかと、は運ばれてきたココアを受け取る。
眼前のそいつは、始終自分に視線を送っているが、
勿論気付かない振り。
「今回は旅行で?」
「関係ないと思います」
「そうか。不躾な質問悪かったね。オレはアズーリ。よろし・・」
すっと口付けの為、優雅に持ち上げられた手。
大きな袖口から除いた痕は、包帯を巻こうと忘れていたもの。
途中で止まった言葉は、どうでも良かった。
慣れている。
「失礼。友人が呼んでいるので。また今度」
また今度なんてないくせに。
ただ、遠ざかる足音と共に聞こえてしまった言葉が、
の脳天に響いた。
『役立たずが』
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