ただそう。
ちょっと眼を離した隙に、大事に大事にしていた、
お人形の回路が、組み替えられただけ。
「私、外に出ていましょうか?」
「いや、いい」
映さぬどころか、
君は何処にもいなくなってしまった。
自分に何が出来るのだろう。
彼女の何も見つけられなかった自分に。
そもそも、そんなことを考えている時点でおかしい。
おかしい筈なのに、心地良い。
ソファに腰掛け1時間。
大方の報告といっても、事後の事だから、
はっきりいって使える情報など皆無なものを聞いて、
今は沈黙ばかりが部屋を支配している。
「ヒソカ、団員に連絡を取れ。至急集まれと」
「了解★」
いつもと違う奇術師を見送って、
マナー本のイラストのように腰掛けているに視線を送った。
歪みのない、ヨゴレ。
「美味しかったです」
「そうか」
ただどうしようもなく、欲しかった。
「どうかなさいました?」
「いや」
「クロロさん?」
腕の中で、驚く事も、戸惑う事もなく、
発する言の葉はまるで、ブラウン管越しの冷たい文字。
さらに抱きしめる力を強めれば、おそるおそる背中に回された腕。
ぱしん。
部屋に響いた乾いた音は、
クロロのせなに触れることなく宙を彷徨うの手を、
嘲笑っているかのように響いた。
「悪い」
「いえ。差し出がましい真似を。こちらこそすみません」
何故。
笑うのですか。
突き飛ばしてしまった腕。
酷い事をしたのはこちらなのに、それでも君は笑う。
「早いが、眠るか?」
「どうぞ先にお休みください。私も自室で直ぐに・・」
「いや、一緒にという意味だったんだが?」
「そんな。私如きがクロロさんと?」
「嫌なのならいい」
「そんな滅相もない」
「じゃあ、いいな」
ぐいっと腕を引いて、そのままベッドへと導き、
そっと寝かしつけてやった。
触れられたくない冷たい掌。
けれど、このまま独りにすれば、なんだかもっともっと冷たくなる気がして、
せなを走った悪寒にぎくりとする。
元から手に入らなかったものだから、
手に入らないものなんてなかったから、
おどけて、心配して、追いかけて、
君を、独り占めしようと躍起になった自分に思いを馳せれば、
子供・・・・・・・・みたいに。
「無防備すぎるにもほどがあるぞ」
布団に包まり眠った・・・・振りなのだが、
それでも、瞳を瞑る君は、とても、無垢だ。
「」
規則正しい寝息。
そっと髪をすいてやれば、ころんと寝返りをうって、壁の方を向いた。
丑三つ時を過ぎれば、せなのヌクモリや、
上下する胸の動きを感じることが出来るようになった。
どうして眠れないのかしら。
眠らなければ迷惑をかけるでしょう。
誰に。
困った事になるわ。
何が。
私は良い子なのよ。
どうして。
誰にも迷惑なんかかけないで。
どうして。
生きていかなくちゃ。
どうして。
はがばりと起き上がった。
クロロは勿論起きていたが、気付かない振りをする。
荒くなっていく呼吸は、
自問自答の、行き着く先のない、迷宮。
知っている。
知っている。
自分はどうしてこうなったか知っている。
だから、この先どうなるのかも知っている。
「大丈夫よ。大丈夫。私は、良いコだもの」
言い聞かせようとした言葉は、余りにも儚く、
震えた唇は、余りにも無力に見えた。
呪文のように、そう唱え続ける。
まるで、鏡に美しいといわせ続けた魔女の如く、
そうだよと、誰かに言ってもらいたいように。
月が沈む。
明日が昇る。
そんな頃になっても、はずっとそう唱え続けていた。
喉が掠れ、声が出難くなっていたとしてもずっと。
独りぼっちにされた、あの時と同じように。
「もう、起きていたのか」
「起こしてしまいましたか。すみません」
かすれた声に気付かない振りをしてやろう。
そわそわとした空気が外から漂ってくるのを感じる。
きっと、皆が集まっているのだ。
蜘蛛の胴体なのかもしれない。
シャワールームに入る彼女を見送って、
ふとクロロはそんなことを思った。
君がいなければ、もう、皆が機能しない。それくらい。
「いや。違うな」
鏡に映ろうと君に興味を抱く脚達は、
その時だけ、足になるのだ。
自由奔放に生を横臥する彼等、彼女等が、
同じ方向に向く唯一の時。
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